ヨーロッパ紀行 第5夜 トレド

スペイン滞在3日目。日程の関係上、明日の夜行列車でパリへ戻ることになっている。それにも関わらず、僕たちはバルセロナも、バレンシアも、そしてマドリードにも行っていない。行ったのはカンフランとサラゴサだけである。どこだ?

果たしてこれで良いのだろうか…。「るるぶスペイン2009年版」を見ると、スペイン必見ポイントとして挙がっているのはバルセロナであり、マドリードであり、そしてバレンシアである。カンフランもサラゴサも載っていない。

なぜだろう?みんなカンフランの冷めたコロッケは食べたくないのだろうか。サラゴサのパエリアはいらないのだろうか。

いい笑顔になれる街サラゴサに後ろ髪を引かれながらも、早起きして一路マドリードへ。聞いたことのない街だったけどいいところだったなあ。がっつり有名な観光地より、何気なく立ち寄った街の方が印象に残るものだ。今までの旅でもそうだったが、ヨーロッパでもその法則は生きていた。

サラゴサ駅でAVE(スペイン版新幹線)に乗り込み一路マドリードへ。赤茶けた砂漠のような大地の中をAVEは走る。

スペインといえばバレンシアセビリアなどの満天の太陽と海を想像してしまいそうだが、それは南や東の方の海沿いの話。ピレネー山脈から内陸部にかけてはこうした赤茶けた大地が永遠と続いている。

2時間ほどでマドリード・アトーチャ駅に到着。植物が生い茂る植物園のような駅からは一歩も出ず、すぐさま似たような新幹線っぽい電車に乗り換えスペイン中部の世界遺産、古都・トレドへ向かう。大都市マドリードは完全無視だ。

地球の歩き方」曰く、最近マドリードでは「首絞め強盗」が流行っているらしい。なんでも、街を歩いていると突然後ろから首を絞められ、失神したところでお金を取られるそうだ。山賊か?

正直、山賊の出没する恐ろしき街になどには出かけたくはない。我々弱小男子の意見が見事に一致し、マドリード完全無視作戦と相成ったわけである。

 

赤茶けた大地を疾走すること30分、前方に突如城壁に囲まれた、小高い山のような街が現れた。これが噂のトレドである。何もない砂漠的台地に突如姿を現すこのインパクトはなかなかのもので、さすがは世界遺産をなのるだけのことはある。

駅は街から少し離れた場所にある(ヨーロッパではよくあること)ため徒歩で30分ほどかけて街の入口まで行こうと心に決めてはいたが、とにかく暑い!!スペインは北海道とほぼ同緯度のため、きっと涼しいのだろうと期待を抱いていたのだが暑い!!カンフランやサラゴサはそうでもなかったのに(だって山の中だし…)とにかく暑いのだ。周りの赤茶けた砂漠のような大地を見ていると、ここがヨーロッパとはとても思えない。

かつて、どこかの国の偉い人が「ピレネーを超えたらアフリカである」といったそうだが、まさにそのとおりである。

このくそ暑い中を30分も歩くと死んでしまうので、涼しいタクシーで快適に街の入口まで移動。就職して下手に金を持ち始めると、平気でタクシー使うようになっちゃう…。

街の入口には石造りの城門があり、城壁がトレドの街を囲んでいた。いままで行ったどの街よりも歴史を感じさせるたたずまい…。それはまさにRPGのゲームに出てきそうな。しかし、そのたたずまいに興奮する前に、旅人の宿命ともいえる宿探しをまずはしなくてはならない。

「オラ!!Do you have a Hotel list?」

城門のそばにある観光案内所に元気よく入っていく。観光案内所にはたいていホテルリストがあるため、それをゲットして本日の宿を探そうという算段だ。

『H Hello…』

「…。どぅ、Do you have a Hotel list?」

『…。Hello?』

通じねえ…。やっぱり通じねえ。

観光案内所の受付にはパッと見大学生くらいの女の子が座っていた。大学生なら、きっと英語を解してくれると思ったらこれである。

「あのー、すみません、ホテルリストあります?」

『お、Oh!!OK!OK!』

あれ、通じた。なんかすべてに疲れたためオール日本語で聞いてみたところなぜか通じたらしく、受付の女の子は一枚の紙をくれた。いやあ、やってみるもんだなあ、そう思いながら案内所を出てもらった紙を見てみると、それはホテルリストではなく、けっこう離れた場所にあるユースホステルへの行き方が書かれた地図であった。やっぱり通じてねえ…。面倒になってとりあえずユースホステル教えておけばいいよね♪くらいに思いやがったな。

カンフランといい、なぜこうも英語が通じないのだろう(ちなみにサラゴサでは通じた)。トレドなんて世界遺産なんだから外国の人もたくさん来るだろうに。このままで行くと、単に僕の英語がしょぼすぎて通じていない説を支持するしかなくなってしまう。

こうなったら自力で探すしかないので、城門をくぐりトレドの街へ。とにかくホテルのことばかり考えていたためなんの感動もなくしれっと城門をくぐり、

とりあえず目についた三ツ星ホテルでフロントの英国紳士風情に話しかける。

「オラ!!Do you have a room for tonight?」

『Oh,you are Japanese ? HaHaHa!』

通じた!!やっぱり英国紳士は話がわかる。基礎英語も分からない観光案内所の女子大生は黙ってな!

「HaHaHA! で、お部屋はあるのでしょうか?」

『HaHaHa!Full booking!!』

「…。」

通じたと思ったらこれだ…。英国紳士曰く、今日は土曜日なので予約でいっぱい、にも関わらず予約もしていないお前らはなんだ、とのことである(目がそう訴えていた)。そうか今日は土曜日なのだ。しかもここはスペインを代表する観光地だ。

まずい…。このままだと野宿…。世界遺産の中で野宿ってそれは寂しいぞ。

事の重大さに気づいた僕たちは、トレド市内全ホテルをまわる覚悟で英国紳士のもとを離れ、道を挟んだ反対側にある2つ星ホテルへ行ってみたところ、すんなりとツインルームがとれた。おいっ。

 

ホテルに荷物を置き、改めて街へ飛び出す。先ほどとは違い心を落ち着かせて歩くトレドの街は、それは素晴らしかった。

街全体が石造りでできており、まさに思い描いていた中世ヨーロッパの世界そのもの。街は細い道が入り組んでおり、メインストリートから一本狭い道へ入るとそこは迷路のようだった。無類の方向音痴の僕は当然のごとく迷ったが、それすら楽しく感じられるほど街の雰囲気は独特で素晴らしかった。きっと中世のヨーロッパはこんな感じだったんだろうなあと思いながら迷い続けた。

ようやく細い路地をぬけてちょっとした広場に出ると、目の前にこの街で一番大きなカテドラル(大聖堂)が姿を現した。周りの人にならって中へ入ると、正面に見えるステンドグラスが傾き始めた太陽に照らされてキラキラと輝いていた。その美しさは言葉に表せないほどで、僕は教会の椅子に腰かけ、長い間ただぼけーっと眺め続けた。

『宗教というのは演出ですよ。見えない神様を信じさせなくちゃいけないんだから。』

以前、なにかの本でそんな一文を読んだことがある。

確かに演出だよ…。神様信じちゃうよ、これは…。

 

良いだけ神様の存在を感じ、半分ほどキリスト教徒になりかけた僕たちは、教会を出て、街から少し離れた小高い丘に位置する高級ホテルを目指した。

僕たちがトレドへやってきたのには実は理由がある。

数年前、ある旅行記を読んだ。その本の作者はスペイン国内の街をいくつかまわったのち、最後の目的地としてトレドへやってきた。早朝、彼は街はずれの高台へ行き、朝焼けに照らされたトレドの絶景を堪能した。彼曰く、トレドは夕焼けの街といわれており、それはそれは美しく一見の価値ありとのこと。(ちなみに彼は、昼寝した結果夕焼けを見逃し早朝に切り替えたらしい。)

この旅の途中、その本のことを思い出した僕は、ぜひその絶景を堪能してみたいとトレドに恋い焦がれるようになり、彼らが絶景を堪能したポイントはどこなのかを「地球の歩き方」の地図で必死に探し続けた。そしておそらくここだろうと目星をつけたのが、街から少し離れた小高い丘に位置する高級ホテルだったのである。

 

目的の高級ホテルは元々はお城?で、国が買い取り、中を改装し、現在は国営ホテルとして営業している。ホテルの営業利益でお城の保存費用を捻出しているとのことで、この形態のホテルはスペイン各地にたくさんあるそうだ。日本でいえば、姫路城の中に泊まるようなものだろう。すごい話である。

当然5つ星の高級ホテルであり、僕たちのような短パン男子が泊まれるような場所ではない。ホテル前には怪しい短パン男子の侵入を防ぐべくホテルマンたちが立ち並んでいたのだが、気の利いたことに、このホテルには誰でも利用できるおしゃれなカフェが併設されているため、我々短パン男子も難なくに侵入成功だ。

高級ホテルのカフェの中では僕たちは予想通り浮きまくりだったが、予想していた通り、窓一面に広がるトレドの街並みの絶景を見ることができた。しかし、まだ多少時間が早いのか、「夕焼けに照らされたトレド」には程遠かった。

何とか高級カフェに馴染もうと見栄を張って飲めもしないコーヒーを頼みつつ夕日が沈むのを待つも、夏のヨーロッパはなかなか日が沈んでくれない。さすがにコーヒー一杯で2時間も粘っていると店員さんに撤退を命じられかねないので、スペイン風オムレツという味のしない卵焼きをつまみつつ(あまりおいしくない)、街が赤く染まるのをとにかく待ち続けた。

 

そして午後7時過ぎ、店員さんの視線を気にしながら窓の外を見ると、わずかではあるが空が赤く染り始めていた。カフェの外にはちょっとしたベランダがあり、カメラ片手に出てみると、そこには沈みかけた太陽に照らされたトレドの街並み、そして街の向こうに広がる赤茶けたスペインの大地の絶景が広がっていた。

やはりまだ少し時間が早かったのだろう、「真っ赤に燃えて」とはいかなかったが、それでもその風景はとても美しかった。日本では確実に見ることのできない風景を、僕らはしばし堪能した。

しかし、昨日のサラゴサといい今日のトレドといい、ヨーロッパの風景の美しさは反則的である。

 

ホテルからの帰路、薄暗いトレドの町中を歩いた。ガス灯に照らされた街並みは観光客でごった返した昼間とは異なり、ひっそりと静まり返っていた。その静けさの中歩いていると、本当に中世へタイムスリップしたのではないかと錯覚してしまう。