ヨーロッパ紀行 第6夜 コンスエグラ マドリード

風車の立ち並ぶ小高い丘の上を温かい風が吹き抜けていく。周りを見渡すと、一面赤茶けた大地が広がる…。まさに思い描いていたラマンチャ地方の風景そのままである。昨日のトレドに引き続き、日本では確実に見ることのできない風景がそこには広がっていた。

トレドから路線バスで1時間ほど。ラマンチャ地方の小さな街・コンスエグラに僕たちは来ていた。

スペイン中部の赤茶けた大地が広がるこのあたりをラマンチャ地方と呼ぶ。『ドンキホーテ』という小説の舞台であり、巨大な風車の立ち並ぶ風景はまさに圧巻である。(と、『地球の歩き方』に書いてあった。)

今回の旅の最終目的地にこの田舎町を選んだのには実は理由がある。

2か月ほど前、この旅の計画を練っているとき、夢にこの街が出てきたのだ。夢の中で、僕は風車の立ち並ぶ丘の上に立ち、羊飼いが羊を追い掛け回す姿を眺めていた。そして向こうからは美しきスペイン女子が歩いてくる…。そこで目が覚めた。それ以来、この街が妙に気になっていた。きっと呼ばれたのである。きっとスペイン女子との運命の出会いがあるに違いない…。

そう思い、バルセロナバレンシアなどの必見スポットではなく、風車以外なにもない、トレドからのバスも日に5本ほどしかない最高に田舎な街へわざわざやってきたのだ。そして、丘の上から街を眺めていたぼくたちに近づいてきたのは…、美しきスペイン女子ではなく、風車内を勝手に改造しお土産を売っている太ったおやじだった。

『ワオ!Japanese!ワタシニホンゴシャベレル!ユーアーマイフレンド!!』

「…。」

現実とは非情なものである。

夢にまで見た愛しのマイフレンド(太ったおやじ)と記念写真を撮り、コンスエグラの街中にある小さなカフェでサンドイッチを食す。このカフェ、石造りの時計塔のある小さな広場に面しており、地元のおじさんたちが仕事もせず広場で談笑していた。その光景を眺めながらまったりと過ごす。なんて贅沢な時間の過ごし方だろう。一泊して一日中、何もしないでただただまったり過ごしたくなる…。コンスエグラはそんな街であった。

 

さて、本日はマドリードからの夜行列車でパリに戻らなくてはならない。そしてマドリードでは、バスターミナルから鉄道駅まで街中を移動する必要がある。首絞め強盗(山賊)の出没するマドリードを、である…。怖い…。

 

コンスエグラから路線バスに乗り2時間ほどかけてマドリードのバスターミナルへ。ここからは山賊に最新の注意を払う。少しの油断も命とりだ。

まず地下鉄へ乗り換え、サンティアゴ・ベルナベウ駅を目指す。ここにはスペインを代表するサッカークラブ、レアルマドリードのスタジアムがある。確かに山賊は怖いが、サッカースタジアムには出現しないであろうという予測に基づいた勇気ある行動である。

地下鉄を乗り継ぎ、目的の駅へ。地上へ出るとそこはビルの立ち並ぶビジネス街。こんなところにサッカーのスタジアムが?これは騙されたのか?まさか山賊の罠?などと思っていると、ある建物のまわりにレアルマドリードのユニフォームをまとったファンが群がっているのを発見。なんと世界的ビッククラブのスタジアムはビジネス街のど真ん中にあるらしい。スペインすごいなあ…。日本の感覚だとサッカーのスタジアムは郊外の運動公園とかにありあそうなものだけど、ビジネス街のど真ん中にあるとは。しかも8万人収容の巨大スタジアムである。

残念ながらシーズン開幕前のため試合は開催されていないのだが、どういうわけかファンが騒いでいる。なんだなんだ?

そういえば、数日前のニュースでブラジル代表のカカがレアルマドリードに移籍するかも、とかって記事をも見た気がする。

まさか、まさかカカがそこに…!?

期待に胸を膨らませ(僕たちは2人ともサッカー好き)お祭り騒ぎのファンの中に紛れ込んだ。みんなスタジアムの中を覗き込んで歓声を上げている。高まる期待…。まさかブラジル代表のエースがすぐそこに…。

しかし、ファンの視線の先にいたのは、頭頂部の薄くなった二人のおじさんだった。

誰だあれは…?

少なくとも、ブラジル代表のカカでないことは確かだ。カカは髪の毛ふさふさだもん。二人のおじさんはお腹も出ており、レアルマドリードのサッカー選手でないことも明白である。

ファンの皆さんはなぜにハゲて太っているおじさんに歓声をあげているのだろう、釈然としない気分のなか、ハゲおじさんに夢中のレアルマドリードファンの中から抜け出し、スタジアム近くの違法露店でレアルマドリードグッズを買い(公式ショップはめっちゃ高い)スタジアムを後にした。

ちなみに帰国後に調べたところ、ハゲおじさんのうち一人はレアルマドリードの会長の可能性が高いことが判明した。もう少し粘っていたら、契約に訪れたカカと遭遇できていたかもしれない。もう一人のハゲは知らない。

 

そうこうしているうちに時間は午後の5時。そろそろ駅へ向かわなくてはいけない。サンティアゴ・ベルナベウ駅から再び地下鉄を乗り継ぎ、マドリード・チャマルティン駅へ向かう。マドリードには目的地ごとに主要駅が別れており、パリ行きの夜行列車が出発するのはマドリード・チャマルティン駅。トレドへ向かう列車が出発したのはマドリード・アトーチャ駅である。実にややこしい。

このパターン、ヨーロッパでは当たり前であり、パリに至っては5つくらい主要駅がある。慣れない旅人にとってはやっかいなことこの上ない。

地下鉄に乗っていると、終点駅でもないのに突如おろされた。スペイン語はよくわからない(英語もだけど)のでなんだかわからないまま他の乗客と同じくバスに乗り換え、マドリード市内を走る。バスの車内から見るマドリードは大変大きく、自然の多い美しい街だった。見たところ山賊もいない。これならマドリードに滞在すればよかった。なんでカンフランで一日費やしてしまったのか…。

 

夕方のマドリード・チャマルティン駅は多くの乗客で大変賑わっていた。

ここまで5日間ほどヨーロッパを旅してきたが、ヨーロッパの駅は日本のそれとはどこか違い、旅情を掻き立てられる雰囲気が漂っている。駅には基本的にベンチはなく、旅人達は地べたに思い思いに座っている。日本でこんなことをしたらきっと怒られるだろうが、僕はこの自由な雰囲気がとても気に入り、同じように地べたに座って行き交う人たちをしばらく眺めてみた。

地元客に交じって、バックパックやキャリーケースを手にあわただしく移動する旅人たち。人種も様々で、中にはイスラム風やインド風の格好をした旅人もいる。陸路で各地域とつながっているヨーロッパだからこその光景だ。日本では決して見ることができないであろう。

パリ行きの夜行列車は午後7時30分発。

出発前の腹ごしらえにと、駅構内のバーガーキングで日本ではありえないサイズ(人の顔くらい大きい)のハンバーガーを食す。まさに欧米サイズ。異常だ…。そして、セットメニューのドリンクでビールが頼める。欧米だ…。

しかし思い返してみると、スペインでは全くと言いていいほどファストフード屋さんに入らなかったような気がする。一人で海外へ行くと、まずレストランは入りづらい、日本のようにコンビニもない、よって最終的にファストフード屋へ、という黄金リレーが展開されるのが常であるのだが。一人ではレストランに入れない軟弱男子でも二人いればカフェやレストランにも入れるものだ。

列車の出発時刻も近づいているというのに、スペイン最後の食事ということでポテトやらコーラやらで暴飲暴食を繰り返し、旅の思い出を語り合う軟弱男子たち。

 

気がつくと、時計の針は午後7時25分を指していた。