ヨーロッパ紀行 第12夜 チェスキークルムロフ

共和国広場を一人後にした僕は、吸い寄せられるように広場近くのお土産物屋さんに入った。どこの観光地でもありがちな定番のお土産を見ながらひとりの夜を満喫していると、スキンヘッドな男性が僕に声をかけてきた。

『Hello. You are Japanese?』

「はあ…?」

『ちょっと俺とトークしようや』

「!?」

ここにきてまさかの逆ナン。教会のチケットお姉ちゃんに振られ傷心の僕に声をかけてきたのはまさかの男性。(スキンヘッド)

「い、いや、僕はそんなに尻軽な男では…」

『まあいいからいいから』

「…。」

一体これから何が行われるのだろう…。

不安でいっぱいの僕に、ロシツキー(彼の名前)は日本のハイテク産業についてえらい勢いで質問してきた。NECのパソコンがどうだとかいろいろ言っていたが、IT系にまったく興味のない僕は適当に返事をした。パソコンにやたら詳しいロシツキーは僕のうその返事にもご満悦で、ぜひぜひ日本に一度行ってみたいと仰っていた。ちなみに彼が興味を持っているのは日本のハイテク産業だけであり、僕が質問した富士山などの日本の文化に関しては一切興味を持たなかった。というかハイテク産業以外の日本の知識がまるでなかった。

意気投合し、このまま飲み屋にでもいって語り合うのがバックパッカーとしてのルールなのだが、残念ながら僕は早くホテルで眠りたいので、ロシツキーを誘うこともせず、記念にロシツキーと一緒に写真を撮って撤収した。教会のコンサートチケット売りのお姉ちゃんならまた別の展開もあったかもしれないが、僕はスキンヘッドの男性に興味はないのである。

 

ロシツキーとのあつい夜を過ごした翌日、僕はプラハを後にした。

今回の旅の最大の目的地であるプラハは、世界一美しい街とのうわさにたがわず素晴らしい街だった。初日に感じたあの重苦しさも、慣れてしまえば落ち着いた雰囲気に感じられてくる。正直、もう数日プラハにいてもよいのだが、昨日書いた通り、これ以上みるべきものがないため、泣く泣く撤退である。

さてどこへ行こう…。

プラハの高速バスステーションで今後の日程を考える。

ここからは本当にノープランなのだ。日本への帰国便が出る4日後の夜までにフランクフルト空港へたどり着けさえすればあとはどこへいってもよい。

このままプラハに滞在するか、チェコ国内をみてまわるか、もしくはニュルンベルクへ戻りドイツ国内を満喫するか…。

 

1時間の熟考の末、僕はチェコ南部にあるチェスキークルムロフという田舎町へ行くバスへ乗り込んだ。この街は世界で一番美しい田舎町の一つと言われているらしい。今回の旅のテーマにピッタリである。

プラハから1時間半ほどでチェスキーヴディヨビッジェという地方都市、そこでバスを乗り換え30分でチェスキークルムロフに到着。

しかし、チェコの地名は長い。そして噛みそうな地名で大変苦労する。バスの切符売り場のお姉ちゃんにも、運転手さんにもまったく通じず、メモ帳に地名を書き入れ、チケット売り場で見せるという伝家の宝刀でなんとか乗り切ったものである。

満員でギュウギュウのバスに揺られている間、僕はずっと車窓の風景に見とれていた。チェコの田舎の風景は本当に絵のように美しかった。一面に広がる草原、ポプラ並木。そのどれもが美しく、2時間の間飽きることはなかった。

 

さて、うわさのチェスキークルムロフである。

バスは町はずれのターミナルに到着。そこから細い砂利道をしばらく歩いていくと、眼下にこじんまりとした、かわいい街並みが姿を現した。蛇行するブルタバ川沿いに広がる街は、プラハと同じく中世のころからほとんど変わっていないのではと思わせるほど古風で美しい。街の真ん中には田舎の小さな街には不釣り合いな巨大なお城がそびえ立ち、独特の景観を成している。

街の中へ入ると、石畳の細い路地が広がり、当然のように迷い込んでしまう。スペインのトレドもそうだったが、中世の街というのは、細い路地が入り組んだ形状が一般的なのだろうか。このような街は地図を持たずに思いっきり迷うのが楽しい。さあ、さっさと宿を決めて街へ出発だ。

「どぶりーでん!Do you have a room ?」

『Hello Japanese!I don’t have ペラペラペラ』

「…。」

まずい…。久しぶりに全く聞き取れない。

とりあえず「地球の歩き方」に載っていた観光案内所兼ペンションへ特攻してみたものの、受付のお姉ちゃんが何を言っているのかさっぱりわからない。

『ペラペラペラ!!』(宿のカタログを見せながら)

「お、Oh…. So good…」(見せられたカタログを指さしながら)

『OK!ペラペラペラ』

推測だが、受付のお姉ちゃんはおそらくここ(観光案内所兼ペンション)には空き部屋がないため、近所のペンションを紹介してくれているのだろう。お姉ちゃんは満面の笑みで『Have a nice day!!』と言い、鍵を手渡してきた。

「Oh… ぢぇくいぢぇくい… ところで、Where is this ペンション?」

『Oh! This street ペラペラペラ』(目の前のとおりを指さしながら)

「Ok…。ぢぇくいぢぇくい…」

観光案内所前の道を右手にしばらくいくとあるわよ!と、彼女は言っている気がする。よくわからないけど…。

とにかく彼女の指示通り、観光案内所前の道を歩いていく。通りの両サイドにはとにかくかわいらしい建物が並んでいる。しかし、看板も何もないため、どれが目的のペンションなのかよくわからない。(ペンション名らしきものは鍵に書いてあった。)とりあえず、これかなあ?と思われる建物のドアへ鍵を差し込んでみる。

開かない…。

続いて隣のドアに鍵を差し込む。

やはり開かない…。

建物がわからないため、とにかく片っ端からドアに鍵を差し込んでいくしかないのだが、どのドアも開かない。というかこれ、完全に空き巣の行動そのものだよなあ。不審者がすぎる。

とにかく目についたドアに鍵を差し込んでは開かずに撤退という行動を何度も何度も繰り返し、気がつけば街のはずれまで来てしまっていた。通りはここから先、うっそうと木々が生い茂る山の中へと続いている。まさか山の中ではないよなあ…。

しかし、山の中の自然あふれる環境にペンションがある可能性も否定できないのでそろりそろりと山の中へと入っていく。しかし、やはりペンションはなかなか姿をあらわしてくれない。

結局、例の観光案内所から30分近く歩いてはみたものの、ペンションを発見するには至らず。このままではチェコ南部の山中で遭難する恐れが出てきたため、もと来た道を引き返し、30分かけて観光案内所まで戻った。

「え、Excuse me…」

『Hi!O,Oh、May I help you?』

「Where is this room?」(半泣きで)

『W、What!?』

「お部屋がわかりません…。」

一瞬の沈黙ののち、半泣きの僕を見て、受付の彼女は爆笑しだした。部屋が気に入らないから変更してくれ、と言いに来たのだと思ったら、なんと部屋がわからない!?おいおいまじかよ!?HaHaHa!!みたいな感じかしら。

『え?ホントにどの部屋かわからなかったの?』

「はい…」

『うそお!!HaHaHa!!』

彼女はわざわざ通りに出て、ペンションまで案内してくれたのだが、その道中、ずっと爆笑していた。

『え?というか1時間も歩き回って何してたの?』

「いや、この通りをずっと歩いて…」

『この道をずっと?山の中まで?』

「はい…、山の中までずっと…」(山の方を指さしながら)

『うそぉ!?HaHaHa!!ありえない!!』

彼女はお腹を抱えて爆笑しながら僕を案内してくれた。そして観光案内所からわずか30秒ほどで、ある建物の前で止まった。

『HaHaHa!!ペンションはここよ!!どう?山の中?HaHaHa!』

その建物のドアには確かに先ほど鍵を差し込み開かなかったはずだったのだが、彼女が試してみると、ドアはすんなりと開いた。

『どうぞごゆっくり!もう迷わないようにね!HaHaHa』

「ぢぇくい…」

確実に年下と思しきお姉ちゃんに散々ばかにされた僕の心のダメージはかなりのもの。街へ繰り出した僕は自棄になり、街のレストランで飲めもしないビールをあおり(ビールはチェコの特産品)、薄暗くなったチェスキークルムロフの街をふらふらと歩いた。ライトアップされたお城を眺めながらペンションを目指したが、途中、案の定酔いが回り、小さな公園のベンチでダウン。目の前にお城の塔を望みながら、僕の記憶は遠のいていった。