台湾リベンジ 第4夜 阿里山

2008年 1月18日

台湾中西部の街、嘉義。鶏肉飯で有名なこの街であるが、実は阿里山へと向かう交通の起点となる街としても有名なのである。

阿里山というのは、標高2000mくらいの山で、日本時代に国立公園として開発され、山中でとれた杉は日本本土に持ち帰られ神社の鳥居なんかに使われたという、とても日本と関係の深い場所。

現在では台湾で唯一温帯に自生する木を見ることができ(標高高くて気温も低いからだ)、山中から望むご来光は台湾一だともっぱらの評判。そんなわけで台湾随一の観光スポットとなっているのだ。

今回で3回目の台湾訪問にも関わらず、阿里山という最重要スポットを抑えていなかった僕は、昨晩今まで阿里山へ詣でていなかったことを心より恥、明日一番で訪問することを決意した。

 

 朝10時、例のごとくチェックアウト時間ぎりぎりに宿を出発した僕は、急いで嘉義駅へと向かった。嘉義阿里山には、日本時代に運搬用に作られた森林鉄道が通っているのだが、これがなんと1日に1本。しかもけっこうな人気らしくチケットが売り切れることも頻繁にあるそうだ。

 

 嘉義駅の切符売場へ行くと、阿里山行きの切符売り場は向こうだという看板が出ていた。阿里山森林鉄道というのは台湾国鉄とは別の組織(日本で言う農林水産省)が運営しているらしい。

 さっそく矢印に導かれるままに歩いて行くと、駅の隅っこの外に面した場所にどういうわけか人でごった返している一角があった。

 なんだなんだ、アイドルの営業でもやっているのかな?

 田舎者の悲しい習性で、人だかりや行列を見るととりあえず参加してしまう。僕は吸い寄せられるようにそこへと歩いて行った。

 …。

まずい…。阿里山森林鉄道の切符売り場じゃないのさ。

 そう。あそここそ、大人気で切符が売り切れることもあるという阿里山森林鉄道の切符売り場。近づくとおばちゃんたちがたくさん群がっていた。

うわあ、このおばちゃんたち、みんな阿里山までいくのかなあ…。

 おばちゃんというのは、どの国でも大抵うるさいもんだと相場は決まっている。どんな場所でもある程度騒ぐ彼女たちであるが、その彼女たちの力が最大限発揮されるのが観光地へと向かう列車の中なのだ。これから始まるめくるめく楽しい時間、それが待ちきれないのか、彼女たちのテンションは列車に乗る段階からすでに最高値に達しており、大いに飲み、大いに食べ、そして大いに騒ぐのだ。うちの地元、沿線に数多くの温泉地が存在する伊豆箱根鉄道(通称:いずっぱこ)しかり、湯布院温泉へと向かう久大本線しかり。

 そういえば昨年、台東へ向かう列車の車内でも、沿線の温泉街へと向かう彼女たちに遭遇してえらい目にあったっけなあ…。その彼女たちと狭い列車の車内で3時間も一緒かとおもうt

『ちょっとお兄ちゃん!なに絶望的な顔してるのよ!』

「えっ?い、いや別にあなたたちの悪口を言っていたわけでは…」

『ホントかしら?まあいいけど、あんた阿里山まで行くんじゃないの?』

「そうですけど…」

『だったら早くお金出して!私たちが切符売ってあげるから!』

「おぉ…」

『だから私たちが売ってあげるっていってるの!』

 

なんと、遠くから眺めた時に売り場に殺到していると思われたおばちゃんたちは、客ではなく、どうやらダフ屋だったようだ。なんだよ、驚かせやがって。

 

「いや、ちゃんとした窓口で買うからいいです」

『なに言っているの!私から買えばいいのよ!』

 

…。

この人は何をいっているのだろう。

ちゃんと切符売り場は開いていて、「Sold out」の文字も出ていない。なのになぜ初対面のおばちゃん(たぶんダフ屋)から切符を買わなければならないのだろうか。

 というかダフ屋ならダフ屋らしく陰でコッソリと活動してほしい。なんで正規の売り場の真ん前で営業活動しているのか。

 しかし、僕は断れない人間である。23年間の人生、人を疑うということを知らずに生きてきたため、強く迫られると断れなくなってします。読みたくもない読売新聞をまんまと1年間契約させられちゃったこともあったけ、大学の入学式の日に。

 …。

そんなわけで、僕はダメだと分かっていながらもそのおばちゃんに料金を支払い切符を購入してしまった。

うぅ…、本当にこの切符で乗れるのかしら…。

この阿里山森林鉄道は全席指定。切符購入時に当然座席が決められている。見たところ、おばちゃんから購入した切符にも座席番号が書かれている。

なんかあやしくない?

釈然としない気分のまま、とりあえず改札へと向かう。

嘉義駅にはまだ自動改札が設置されていないため、駅員のもとへ。怪しい切符ならここでストップが入るはずだ。止められたら駅員の腕をとり、先ほどのダフ屋連中のもとへ走ってやるんだ。現行犯である。これなら逃げられまい。駅員さん、僕を、僕を止めてください!

卑劣なダフ屋行為を、自らを犠牲にすることで摘発しようという勇敢な行動。しかし、期待とは裏腹に駅員は問題なく改札を通過させる。

おいおい、駅員もグルかよ…。巧妙だなあ…。

問題の列車は、改札を入って右奥にひっそりと停車していた。本当に小さな列車で、座席は2列+1列の配置。僕の持っている切符は1列のほうのものだった。さあ、果たしてこの切符で本当に正しいのだろうか…。

出発まであと10分。

もし出発までの間に僕の席に誰かが来たなら、改札の駅員とダフ屋のおばちゃん連中を引き連れて駅前の交番に駆け込んでやるんだ。現行犯である。

1分… 2分… 3分経過…

周りの席はほぼ埋まってきたが、僕の座席へと向かってくる人はなかなか現れない。

5分… 6分… 7分経過…

ちなみに僕はとりあえず座席に荷物を置いて、列車の外から様子をうかがっていたのだが、この間、ホームの中にまで入り込んでいた営業のおばちゃんに阿里山到着後のホテルを予約させられるというちょっとしたハプニングもあったが、いまはそれどころではない。ダフ屋という卑劣な犯罪行為を摘発できるかどうかがかかっているんだ…。

そして、列車の発車時刻。

…。

 僕の座席を狙う客はついに現れなかった。どういうことだよ…。まさかこの切符本物…。この切符本物だったんだ!おばちゃん、本物を売ってくれてありがとう!ダフ屋なんていなかったんだね!

 …。

 なにかがおかしい…。

とりあえず謎だと思ったことを以下に列挙する。

・なぜ予約座席番号が入った正規の切符をおばちゃんが持っているのか?

(ダフ屋は通常、回数券など一般より安い切符を正規の値段で売って利益を得るものである。)

・おばちゃんは正規の切符を正規の値段で売っているのだから利益を得ることができないのではないか?

・正規の切符を正規の売り場の真ん前で売る意味はあるのか?

・正規の売り場の人はおばちゃんに仕事をとられて悔しくないのか?

・おばちゃんは実は農林水産省幹部職員であり、脅迫まがいの切符売りは実は公務なのではないか?

 

正直、いつまでたっても謎は尽きない。しかしもし仮に一番下の幹部職員説が事実な場合、彼女たちを連れて駅前の交番に駆け込むことは公務執行妨害にあたり、最悪の場合外交問題に発展する可能性がある。はやまらないでよかった。

でも、せっかく苦労して阿里山森林鉄道に乗れたんだから、ここからはとことん楽しまなくっちゃ!

ところでこの森林鉄道、台湾一の観光スポットなのできっとほかの人の旅行記なんかでもたくさん書かれていると思う。よって、詳細は彼らに任せて、ここで様子を書くことはやめておこうと思う。

一つだけ言わせてもらうと、台湾新幹線が完成し鉄道の高速化が進んでいる昨今、阿里山森林鉄道のスピードは時代に逆行するように抜群に遅かった。なんせ途中の車道と並走している区間では、車はおろかチャリダー(自転車のって旅してる人らをこう呼ぶ)にすら負けていた。

中国ではリニアモーターカーが実用化されて450キロで移動できる時代にチャリダーにも劣るって言うんだもん。バスなら2時間のところを3時間半かかるんだもん。鉄道の高速化に真っ向から異を唱える阿里山森林鉄道、僕はいいと思います。あまりの遅さに行程の大半を夢の中で過ごし、気づいたら阿里山の駅についてしまっていて行程がほとんどわからないんだもん。これじゃあ詳細はほかの人の旅行記に託すしかないよ。すごいなあ、阿里山森林鉄道。

 

「さむっ!」

標高2,000メートル以上の山中だけあって、列車から降りるとものすごく寒かった。

『寒い』

 この言葉は、この旅行記の前項の件と、阿里山頂上の気候をかけたちょっとした言葉遊びなのだが(どうでもいい)、まさか台湾で口にする日が訪れようとは…。

駅を出る際に窓口でなんかよくわからないお金を取られちゃったけど寒くてそれどころではない(後で調べたら、阿里山は国立公園なので環境維持費みたいなのが必要なのだ)。なんせ駅前の温度計は10度を表示している。

寒い…早くホテルを探さないと死んでしまう…。

 ホテル?

 そういえば嘉義の駅で見知らぬおばさんに予約させられたような気がする…。

(以下嘉義駅ホームでの出来事を回想)

 

『ちょっとお兄さん!あんた阿里山いくんでしょ!ホテルは決めたの!?』

「まだですけど、いまは卑劣なダフ屋行為を摘発している最中なんだからホテルどころじゃないの!」

『そんなのあたしゃしったこちゃあないわよ!ホテル!決まってないんでしょ!だったらここに名前書いて!ほら早く!』

「あっ、あのおやじがオレの席へ向かって…って後ろの席か…。」

『早く名前書きなさい!あたしも怒るわよ!ホテル!ホテル!』

「あ~もう、うるさいなあ!書くよ!(サラサラサラ)」

『またっく最初からそうすればいいのよ!はいじゃあこれが引換券だから!それじゃね!再見!』

「はいはい再見!」

 

(以下現実に戻る)

そうだ!あの時はダフ屋行為撲滅行動に必死で適当な対応をしちゃったけど、確かに僕はホテルを予約していたんだ。ほら、ポケットの中にはあの時の引換券が確かに入っているではないか。凍死しなくて済むかもしれない!

…。

どこにあるんだこのホテル?

例の引換券には『櫻山大飯店』と書かれているけれど、『地球の~』の地図にはそんなホテルのっていない。

まさか、これこそがあの農林水産省幹部職員と思われるおばちゃんたちの本当の罠なのではなかろうか。列車の切符はフェイク。本当の目的はありもしないホテルを予約させ、いたいけな日本人青年からホテル代をだまし取り、あわよくば極寒の山中で凍死させ証拠も隠滅させようという恐ろしい計画なのではないか…。

まずい…。

彼女たちを甘く見すぎていた。なんか駅のなかには誰もいなくなっちゃったから助けを求めることもできないし、嘉義に戻る列車はないし。気温10度以下ですでに薄暗い標高2,000メートルの山中をホテルを探し歩くなんて彼女たちの思うつぼではないか…。

まずい。まずいz

『お~い行く奴はいじょうか~出発するぞ~』

駅前の道路にとまっている櫻山大飯店と書かれたマイクロバスの運転手がなにやら叫んでいる。まったくうるさいおじさんだ、こっちは凍死の危機でそれどころじゃ…。

えっ…。

櫻山…大飯店…。

のります!!ここにまだいます!!まって~!!

『早く来いよ~いっちまうぞ~』

標高2000メートル山中での凍死の危機、無事回避…。