続 北國紀行 その2 宗谷本線の話
宗谷本線は、旭川から稚内まで伸びる、全長300㎞もある長い路線である。
美瑛で3日間を過ごした僕は、午前10時ごろ、饒舌系台湾人と一緒に、富良野線で旭川駅へと出た。
今朝初めて知ったのだが、彼はこれから北海道大学へ留学するための大事な試験があるとのことだった。
昨日まで、僕は彼と一緒に南富良野の方へ遊びに行っていたのだが、果たして試験は大丈夫なのだろうか。というよりも、連日朝の5時くらいまで僕たちに思い出の写真を見せ続けていたのだが…。彼は鉄人なのである。
とにもかくにも、彼の合格を祈りつつ、僕は名寄行きの列車に乗り込んだのである。
名寄までは2時間ほどらしい。
列車で2時間と言えば、そこはもう十分に目的地といえるのだが、本日の目的地は名寄ではない。稚内だ。名寄はあくまで乗り換え場所に過ぎない。
時刻表によると、名寄から先、稚内まではさらに5時間程度かかるらしい。合計で7時間。途方もない時間を、僕はこれから列車の中で過ごさなくてはならない。
旭川駅を出発した列車は、市街地を抜けると、すぐに畑だらけの自然豊かな場所を走り抜けていった。
本州ではなかなか見られない風景に興奮しそうなものだが、3日間美瑛で過ごしたことで、すっかり雄大な景色への免疫がついてしまった僕は、それほどの感動を得ることもなく、なんとなく窓の外の景色を眺めながら、ごとんごとんと列車に揺られ続けた。そして、いつの間にか眠ってしまった。
そうして2時間後に名寄駅へついた。
僕はすっかりお尻が痛くなっていたのだが、先にも書いたとおり、名寄はただの乗り換え場所なので、お尻をさすりながら必死で連絡橋を駆け上がり、向かい側のホームに停車している稚内行きの列車へ急いだ。
乗り換え時間はわずかに3分しかない。
だいたい2~3時間に一本しか列車は来ないので、一度乗り過ごすと大変なことになる。宗谷本線というのは、なんとも怖ろしい路線なのである。
無事に乗り込んだ一両編成の列車は、森の中を疾走していく。
時折、駅舎もない、ホームだけの駅で停車するのだが、駅の周囲は森に囲まれており、お店はおろか、人家さえみあたらない。
この駅を利用するのは、鹿か、それとも熊なのか、はたまたキツネか。不思議でたまらない。
どれくらい森の中を疾走しただろう。
時計を見ると、名寄をでて3時間ほどが経っていた。
アナウンスが告げた幌延駅を時刻表の路線図で確認すると、なんと稚内まであと数駅というところまで来ている。
しかし、時刻表によれば、あと2時間はかかるはずなのだが…。これはいかに。
まさか、1時間以上時間をまいたというのだろうか。そんなことをしてもよいのか、JR北海道。
お尻が限界の僕は、1分でも早く稚内へ着いてほしいので、時間をまくことには大賛成である。
しかし、車掌さんはつづけてこうアナウンスした。
「次の幌延では、え~、1時間ほど停車いたしますぅ」
1時間!
なぜ事故でもないのに1時間も停車しなくてはならないのか。僕は本当に不思議でたまらない。
幌延駅へ着いたはいいが、1時間も列車の中で待つことは、おしりの状態を鑑みると不可能なので、途中下車して駅の外へ出てみることにした。
僕の持っている「青春18きっぷ」は、いつでもどこでも乗り降り自由な、とても便利な切符である。しかし、特急列車や新幹線には乗ることができない、制約の多い切符でもある。
だからこそ、僕はわざわざ7時間もかけて、鈍行列車で稚内へ向かっている。特急列車には乗りたくても乗れないのである。
JR北海道には、もう少し使い勝手を良くしてもらいたいものだが、1日2,300円で好きなだけ乗り放題させていただいている貧乏学生の身からすると、抗議することなどできやしないのである。
「トナカイの街 幌延」
という看板が、駅前に出ていた。
トナカイというのは、アラスカとか、大変寒い場所にだけいるものだと思っていた。まさか日本にいるなんて思いもよらなかったので、これは新鮮な発見。
これも、幌延駅で1時間も停車するおかげであり、乗り降り自由な青春18きっぷのおかげなのである。ありがとうJR北海道。
せっかくなので、トナカイを見に行こうと駅前を歩いてみたが、残念ながら街のどこにもトナカイはいなかったので、駅前のスーパーでから揚げを買い、おとなしく列車へ戻ることにした。時間が経つのは早いもので、発車まであと10分をきっていた。
再び走り出した列車は、40分ほど深い森の中を駆け抜けると、景色の大変素晴らしい平原へと出た。
牧草を丸めたころころと可愛らしいものが転がる広大な畑の向こうには、富士山のような大きな山が見えた。地図で確認すると、どうやら利尻島というらしい。ただの山ではなく、島なのである。
徐々に速度を落としていく列車は、ついに海沿いに出た。
すると、海の向こうには、利尻島の姿をしっかりとみることができた。なんとも素晴らしい景色である。
やけに速度を落とすなあ、と不思議に思っていたところ、これは利尻島の絶景を堪能してほしいという、JR北海道のサービスのようだった。JR北海道は素晴らしい会社である。JR北海道万歳!
ご厚意に甘えた僕は、夕暮れに染まる利尻島の絶景を何度も何度も写真に収めた。
実に数時間ぶりに市街地を走る列車は、ついに稚内駅へ到着した。
列車を下りると、ひんやりとした空気が僕の体を襲った。
寒い…。
9月上旬だというのに、すっかり晩秋の空気である。
近所に買い物へ行くようなサンダルで旅に出てしまった僕は、心の底から後悔した。日本最北端の地の空気というのは、僕の住む大阪とはここまで違うのか。
「日本はなんて広いのだろうなあ。」
「日本最北端の駅」の記念碑が立つホームで月並みな感想をつぶやきながら、僕は宗谷本線の旅を終えたのである。