続 北國紀行 その5 函館という街の話

ニセコから丸一日かかってようやく函館についた。

函館を始めて訪れたのは、高校の修学旅行の時だった。

自由行動ということで、女っ気のない陰キャ男子4人で回ったわけだが、おしゃれな港町なんぞ陰キャ野郎には似合わないはずなのに、僕は函館という街がとても気に入った。

坂の上から見る港の風景、本州ではあまり見ることのできない教会群はとてもすばらしく、そして函館の夜景は、いままでの人生で見た風景の中で一番美しかった。

 

2度目の訪問は大学2回生の夏。青春18きっぷで大阪から鈍行を乗り継いで旅した時の終着点が函館だった。本当は2泊ほどして函館を満喫するはずだったのだが、途中の東北で時間をつぶしすぎたため、函館に到着したのは大阪へ帰る飛行機が出る前日の午後6時。闇夜に浮かぶ函館の街を、一人ふらふらしただけで終わってしまった。なんとも消化不良の旅であった。

 

そして今回、3度目の訪問で、ついに3日間という、函館の街を満喫する時間を得たのである。

 

函館で僕が一番好きなのは、八幡坂から見る港の風景だ。

函館駅から歩くこと40分ほど。海に面した大きな道路から山に向かって一直線に伸びる上り坂。その坂をひいひい言いながら登りきる。

坂の上から後ろを振り返ると、そこには美しい港町の絶景が広がっている。

夏の晴れた日等はさらに美しい。冬は真っ白な風景も美しいのだが、雪で転んだこともあるので、やはり僕は夏の方が好きだ。

坂のそばには函館西高校がある。この絶景を眺めながら青春を送れるなんて、なんと贅沢なことだろうか。うらやましすぎて悶絶すること請け合いなのである。

ちなみに、このあたりにはネコがたくさんいる。ネコ好きにもたまらないポイントなのである。

 

八幡坂をくだり、函館駅までは路面電車で戻る。

僕は路面電車がある街がとてもうらやましい。旅情を掻き立てられるなんてもんじゃない。実際住んでみるにしても、これほど使い勝手の良い交通機関は無いように思える。バスなんかよりよっぽど使いやすい。

函館駅までは10分ほどだ。

修学旅行で訪れてからまもなく建て替えられた駅舎は、とても近代的で美しい。

駅前もだいぶ整備されているが、ところどころ昔ながらのお土産物屋さんが立ち並んでいる。

その中の一軒、修学旅行の際に訪れたことのあるお土産物屋さんに入ると、なんと本日お店を締めるということだった。修学旅行で来たことがあると伝えると、お店のおばさんはとても喜んでくれた。おばさんは、売れ残った「函館」とかかれた提灯ををおまけで付けてくれた。閉店の日に訪れるなんて、偶然もいいところである。

なお、このときもらった「函館」とかかれた提灯を仙台に住む友人にお土産として渡したところ、彼はしばらくして体調を崩した。

彼はこの提灯を「呪いの提灯」「体調が悪くなった原因」などと散々ののしってくれた。倒産したお土産物屋さんで最後まで売れ残った提灯なのだから、呪いもたくさん詰まっているはずなので、きわめて妥当な指摘と言える。

 

翌日、函館から列車にのり50分ほど。トラピスト修道院へ行くことにした。

函館市内にはトラピスチヌ修道院という観光客が必ず立ち寄る場所があるが、こちらは女子修道院。名前は似ているが、トラピスト修道院は男子修道院である。

トラピスト修道院は、函館からかなり離れているからなのか、トラピスチヌ修道院よりも訪れる観光客も少なくわりとひっそりとしている。

渡島当別という駅で降り、駅前の大きな道路を5分ほど西へ歩く。分岐した道を右へ入って、少し坂を上がると、まるでヨーロッパのような並木道が突然現れる。

そして、一直線の並木道の奥には、レンガ造りの赤茶けた修道院の建物が見えてくる。

子供のころ、親が持っていた北海道のガイドブックに、この風景が載っていた。それ以来、いつか行ってやろうと心に決めていた。その風景に、10年後ついに出会うことができた。

修道院の中に入るためには、事前に予約をしなければならないのだが、この風景を眺めるだけでも来る価値はある。

修道院の建物を回り込むように遊歩道がある。裏手の小高い丘へ登ると、海をバックに、修道院の全景が眺められる。この風景もまた美しい。

並木道のそばには中学校がある。こんな環境で青春時代を過ごせるなんて、なんとうらやましいことか。初々しい中学生カップルが歩いているのを見たときなんて、うらやましくて死にそうになったものである。

 

死にそうになったついでに、函館市街へ戻り、カップル満載の函館山で一人夜景を見ることにした。

先に訪れた八幡坂から少し歩いたところにロープウェー乗り場がある。カップル満載のロープウェーにのって5分ほどで山頂の展望台に到着だ。

展望台は予想通りきゃぴきゃぴしたカップルであふれかえっている。その合間をぬって展望台の前まで出ていくのは大変勇気のいる行動なのだが、その努力に見合う分だけ夜景は素晴らしい。香港やパリ、長崎や東京など様々な場所の夜景を見てきたが(主に独りぼっちで)、僕は函館の夜景が一番好きである。

 

独りぼっちの夜景を楽しんだ後は、途中のコンビニでやきそば弁当を買いつつ、ライトアップされた教会群や港の風景を眺めながらホテルまでとぼとぼと歩いていく。ライトアップされた街には意外なほど観光客が少ない。きゃぴきゃぴカップルは、夜景を眺めに函館山にいるのだろう。素晴らしい景色を独り占めだ。

明日は朝から青森行きのフェリーへ乗るため、函館港へ移動する。また時間とお金ができたら、この港町の風景を眺めにやってこよう。

 

独りぼっちで函館へ行くというと、寂しくてつまらないのではないかと思われる方もきっといるはずである。

しかし、函館で寂しいと思ったことは、実は一度もない。

大学生の旅以降も複数回訪れているが、やはり寂しいと感じたことはない。

それは、日本とは思えない、この港町の風景が僕の心をつかんで離さないからなのかもしれない。