ヨーロッパ紀行 第4夜 サラゴサ

列車はカンフランを出発し朝焼けの中を走っていく。

午前6時半。旅人の朝は早い。

昨日の夜知ったことだが、ピレネー山脈の街カンフランを脱出する列車は早朝6時半発(!)しかも1日1本のみ(!!)ということらしい。つまり、早朝の列車に乗り遅れた場合、もう一日カンフランで過ごさなくてはならない。冷めたコロッケしか置いてないバルと、英語の通じない3星ホテルしかないこの街にもう一泊である。

こりゃたまらん、と早起きし、相変わらず英語の通じないフロントでチェックアウトに悪戦苦闘。そして時間ぎりぎりに列車へ飛び乗った。しかし、なぜこんなにも英語が通じないのか…。

カンフランはピレネー山中だけあってかなり標高が高かったらしく、列車はどんどん山を下っていく。

途中、まだ薄暗い中、このあたりでは比較的大きな街、ハカの夜景が見えた。

列車がカーブを描きながら坂を下っていくと、その先に夜景が登場。旅のシチュエーション的には最高である。

その後は砂漠地帯のような荒涼とした大地を列車は走り続ける。最初は砂漠っぽい風景や、よくわからないエアーズロックのような岩に興奮していた僕たちも、2時間もたつと徐々に興味を失い、死んだように列車に乗り続けた。

ちなみに、一昨日からの便意(ルルドの泉発)は、昨晩コロッケしか食べずお腹を空っぽにしたおかげで回復。人生はうまくできている。

結局5時間かけて、列車はガリシア地方の中心都市、サラゴサへ到着した。空腹と眠気で半分死んでいた僕らも、徐々に都会化していく車窓のおかげで復活。降車後、あまりに広い駅で迷いに迷い、出口がわからないどころか隣のホームへ移動することも叶わず、ようやく見つけた自動改札に切符を挿入したところ、それは改札ではなくシュレッダーだったようで(なぜ駅にシュレッダーがあるのか)、おかげで切符を紛失し、最終的には駅員の目を盗みホームから線路へ降りて駅から強行脱出するというさしずめ忍者のような勇猛果敢な行動ののち、無事に街の中心であるピラール広場へ到着した。

当初思い描いていた予定では、サラゴサを観光したのち、本日中にマドリードへ移動するはずであった。しかし早朝からのローカル線5時間乗車と昨晩からの空腹に敗れ去った軟弱男子は、昼の1時にもかかわらず早々に宿を決定、サラゴサ滞在を決定したのである。

サラゴサは人口50万人ほどの大きな街であり、英語が通じるホテルも食べ物屋さんも、カンフランとは比べ物にならないくらいたくさんある。観光前にまずはお昼ご飯だ。

ヨーロッパの旅が始まって4日目。基本的に食事は、パリからずっとパンであった。パリのホテルの朝食で初めて本場ヨーロッパのパンを食べたときには、この世にこんな美味しいパンがあったのか、これからずっとこんなパンが食べられる僕はなんと幸せ者なんだろう、と思ったものだ。しかし4日目ともなると、もうパンなんて見たくない!!我にお米を与えたまえ、と心変わりしてしまっている。

僕の主食はパンではなくお米だ。お米はどこだー、お米をだせー。

なまはげのごとくお米を求め街を練り歩く僕たちの前に、地元客で賑わうレストランが登場。客引きのラテン系お姉さんに誘われるまま入店すると、そこはビュッフェレストラン。そして僕の目の前にはスペイン名物パエリア(チャーハンみたいな)の姿が…。お、お米…。

突然入ってきたかと思うと、「飲み物はいかがなさいますか?」という店員さんを無視し、わき目も振らずパエリヤに特攻、挙句の果てに涙を流しながら貪る東洋人をみて、店内にいたサラゴサ市民は何を思っただろう。

しかし、涙を流しながら貪るほどこの日のパエリヤは最高に美味だった。お米というのはこんなにもおいしいものだったのか…。僕の「旅で食したうまいものランキング」でも堂々第1位にランクインである。(ちなみに2位は高知県のコンビニで早朝に食べた塩焼きそば。)

号泣しながらお米をほおばり最高に満足した僕たちは、英語の通じる大変おしゃれなホテルでしばしお昼寝(スペインには昼食後に昼寝する習慣があるらしい)、夕方にはピラール広場をぷらぷら歩く。なんて良い街なんだサラゴサ…。

ピラール広場には、広場の名前の由来になったピラール聖母大聖堂をはじめ、いくつかの教会が立ち並んでいる。そのどれもがとても美しい。正直な話、聖地ルルドよりもよっぽど聖地っぽいような気もしてくるが、いまの一文はキリスト教徒すべてを敵に回しかねないので撤回だ。

しばらくすると、結婚式を行っていたと思われるドレス女子とタキシード男子が教会から現れた。文化財級の教会で結婚式を挙げるとはなんともロマンチックな話である。果たして僕にその時はおとすれるのだろうか。いつかおとすれるといいなあ。

午後はずっと昼寝していてもお腹は空くもので、客引きに言われるがまま広場で営業しているカフェへ。夜ご飯はピザである。

ピザを食しながら夕暮れ時のピラール広場を眺める。すると隣の席からちびっ子がヒョコヒョコと近づいてきた。ちびっ子の両親は夕暮れを見ながらテラス席でいい雰囲気になっており完全放任主義。そのうち、ちびっ子が僕らのテーブルの下に並べてあったコーラの瓶に躓き大泣き。両親は「またころんだ!この子いっつもこうでさあ!ハハハ!」と言っているような感じで僕たちに笑いかけてきた。その姿をみながら、周りの客もいい笑顔になっていた。店員のお姉さんも、倒れたコーラの瓶は気にせずいい笑顔でその光景を眺めていた。

スペインはラテンの国なんだということを、僕はこの光景を見ながら実感した。これが日本なら、まず自分の子をふらふら歩かせないだろうし、子供がよそのお客のテーブルに迷惑を掛けたらおそらく叱るだろう。周りの客はその光景を一瞥し、また自分たちの世界に戻っていくだろう。店員さんは申し訳ないと謝りながらそそくさとビンを片付けるだろう。

ちびっ子が泣きながら両親のもとへ駆け寄ると、周りのお客さんたちはいい笑顔でちびっ子に話しかけていた。不思議な一体感みたいなものが、ピラール広場の一角で生まれていた。僕もそのほほえましい光景をいい笑顔で眺めていた。

夕食後、腹ごなしに広場から少し離れた川まで散歩した。川沿いからは夕日に照らされた大聖堂の姿。先ほど見かけた結婚式を挙げたばかりのカップルは、ドレス姿のまま、大聖堂をバックに記念撮影をしていた。とてもいい笑顔だった。その光景を眺めていると、僕も自然といい笑顔になってくる。サラゴサというのは実に笑顔の似合う街なのである。