ヨーロッパ紀行 第9夜 ニュルンベルク

「ちぇ、チェックアウトぷりーず…」

『Oh, OK. ダンケシェーン』

「だ、だんけしぇーん…」

よかった、通じた…。

チェックアウトの際、受付にいたのは昨日の英語ぺらぺらおやじではなく、かっぷくのよいおばあちゃんであった。彼女はゆっくりした英語で話し、最後にはドイツ語でありがとうと言ってくれた。おやじとは雲泥の差である。

しかし、すっかり英語恐怖症になってしまった。

昨晩、駅前の屋台でソーセージを買う際も変にドギマギしてしまった。外国人と関わるのが怖い…。

大きすぎる大聖堂を見学し中央駅へ。今日はドイツ東部の街・ニュルンベルクへ行くのだが、そのためには切符を買わなくてはいけない。ということは、窓口で駅員さんと英語でトークしなくてはならない。いやだ…。もうこのままずっとケルンにいてやろうか。あー、でもそうなると延泊の交渉を例のおやじとしなくちゃいけないし…。

いやーな気分のまま駅構内へ行き、しぶしぶ切符売り場の列に並ぶと、窓口の横になにやらタッチパネル式の最先端な機械が置かれているのに気付いた。これはまさか…。

行列を抜け出し、タッチパネルを覗いてみる。

…。

こ、これ、券売機じゃん…。しかもドイツ語以外に英語も選択できるみたいだし…。英語もたいして読めるわけではないけども、話すよりはマシだ。

そして機械をいじること3分ほど…。

買えた…。僕、ニュルンベルクまでの切符かえたよ…。

驚くべきことに、ドイツの駅には自動券売機が設置されていた。フランスもスペインも、自動券売機などなく、窓口の駅員相手に指さし会話帳と時刻表を直に見せて、やっとのことで切符を購入していたのに。なんて良い国なんだドイツ。さすが経済大国だよドイツ。これで今後切符購入で悩むことはないじゃないか。

 

労せず購入した切符を手にホームへあがると、そこにはすでにドイツ版新幹線であるICEが停車していた。外観は真っ白で、内装もふつう。フランスの鉄道とは違い派手さはなく落ち着いた雰囲気である。

日本と大きく違うのは指定席のシステムであろう。日本の場合、あらかじめ指定席と自由席の車両が分かれているので一目瞭然。しかしドイツの場合は、基本的にすべての車両が自由席である。そして指定の予約がされている座席には、荷物棚の下の電光パネルに「予約済」と表示が出る(もちろんドイツ語・英語で)。つまり、指定席の横が自由席なんてことも普通にありうる。乗客が窓口や券売機で切符を購入すると同時に、何らかのシステムで予約情報が飛び、座席パネルが「予約済」と表示されるようだ。乗客は切符に書かれた座席番号の席へ向かい、電光パネルが「予約済」となっていることを確認してから座る。

さすが鉄道大国ドイツ。でも日本でこのシステムを導入したら、間違って座る人続出だろうなあ。

 

このシステムに慣れていない日本人の僕は、果たして本当に指定されているのかな?としっかりドキドキしながら座席に座り、駅に到着するたび、僕の座席めがけて誰かやってくるのではないかという恐怖に怯え続けた。

そのため、いまいち外の景色は覚えていないのだが、かろうじて覚えているのは、とにかくドイツは森だらけということだった。ケルン中央駅を出発してからすぐ森に入り、途中駅で少し街になる以外ずっと森が続いた。

「ドイツは森だらけで、その森の不思議な雰囲気からグリム童話が生まれた。」と、以前何かの本で読んだことがある。まさにそのとおりだった。そして日本と違うのは、平地に森が広がっているということだ。日本の場合は山国であるため、平地の森というのはそれほど見たことがない。例外は北海道くらいだろう。対してドイツは広大な平地に森が広がっている。この広大な森の中に、オオカミや赤ずきんちゃんがいるのかしら。そんなことを考えているうちに列車は無事にニュルンベルクへ到着した。

 

ドイツの東の方、チェコとの国境にほど近いニュルンベルク。駅を出ると目の前に城壁が立ちはだかり、門をくぐるとメルヘンチックな街並みが広がっていた。とんがり屋根の教会や、冬はクリスマーケットで賑わうというマルクト広場、広場の向こうには石造りのニュルンベルク城。これだけでもニュルンベルクが如何に見どころ満載の素晴らしい街であるかがわかるが、とりあえず本日の宿を探さなくてはならない英語恐怖症の僕にとっては美しい街並みを堪能するどころではない。城壁を入ってすぐ左側の宿へ勇気をもって飛び込み営業だ。

「ぐーてんたーっ!!」

『は、ハーイ…』

石造りのかわいらしいホテルだけあって、フロントには若い女性が座っており、いきなりのテンション高めな東洋人の登場に彼女はひきまくりだ。

「どぅ、Do you have a room for tonight?」

(指さし会話帳を見せながら)

『お、Oh…。OK…。One person?Single room?』

「い、Yes、Yes!!」

引き気味な彼女はどうにか僕の伝えたかったことを理解してくれたらしく、ギリギリの営業スマイルで鍵を渡してくれた。

あてがわれた部屋は、屋根裏部屋のような天井が低く斜めになっている変わった部屋で、世界名作劇場の主人公が暮らしているようなところだったが、窓からは通りを一望でき大当たりだった。やったーやったー。

 

本日の寝床を確保し一安心した僕は、「地球の歩き方」に載っている「オススメのウインナー屋さん」で腹ごしらえ。(店員は中国系の人だったので言葉もなんとかなった。)その後街へ繰り出し、マルクト広場でクリスマス飾りを購入し、上機嫌のままニュルンベルク城へ登城を果たした。ちなみに、孤独なクリスマスを何年も過ごしている僕がなぜ嬉々としてクリスマス飾りを購入してしまったのは全くの謎。帰国後、案の定使い道に困り、本来の目的を果たすこともなく押し入れで眠らされてしまった飾りたちは実に不憫である。

 

さて、お城の上からの風景は大変美しく、この美しい景色をバックに写真を撮りたいと思った僕は、観光客に写真撮影をお願いするというミッションを自分に課すことにした。合言葉は「Could you take my picture?」だ。

城壁の影からコッソリ展望台の方を覗く。

…。

だれもいない…。さっきまであれほどたくさんの観光客でにぎわっていた展望台には現在誰一人として姿が見えいない。みんなお昼ご飯へ行っちゃたのかしら。

それでも懲りずに影から様子を伺うこと数分後。

来た…。人のよさそうなおばちゃんたちが来た。お城の影からおばちゃんめがけて飛び出す僕。合言葉は「Could you take my picture?」。

「く、Cou…」

『Wow!!It’s a wonderful view!!!』

『Oh!!So good!!』

「…。」

ダメだ…。テンションが高すぎてとても声をかけられない。

勢いよく飛び出してはみたものの、おばちゃんたちに圧倒された僕は何事もなかったかのように彼女たちの横を通り抜け、「うわあ、いい景色だなあ。ここがニュルンベルクかあ」と、今初めてこの絶景を見たかのようなふりをしながら展望台に近づき、頃合いを見計らって再び城壁の影に姿を消した。なんとも情けない…。

その後も、おとなしそうなおじさんや、きゃぴきゃぴカップルなどに何度か声をかけようと試みたが、外国人特有のテンションの高さに悉く敗れ去り、何度も展望台と城壁を往復した結果、自分がみじめな男に思えてきたため大人しくホテルへ戻った。なんという時間の無駄遣い。何しに来たんだ…。

 

この一件で英語恐怖症が悪化した僕は、当然夜ご飯に小洒落たレストランなど入れるはずもなく、得意のマクドナルドで済まそうかと中央駅へ向かったところ、なんと駅地下の商店街の中にお持ち帰り寿司屋さんを発見した。相変わらずパンばかりでうんざりしていた僕は、躊躇せず入店し、これホントにお寿司?と思わせる見た目の(なんか黄色い)ものを手に取りレジへ向かった。

『…。Are you Japanese?』

「!!」

レジにいた眼光鋭いおじさんが、僕を一瞥し話しかけてきた。

「は、はい…。Japaneseです。」

『そうか…。』

「…。」

『箸はほしいのか?』

「!!」

箸っていった。このおじさん、日本語で箸っていった!!Do you want 箸?っていったよ。

「あ、I want 箸…」

『…。醤油はいるのか?』

醤油って!お前何者だよ。それになんでそんなにダンディな話し方なんだよ。

おじさんは日本人である僕を試すかのように巧みに日本語を織り交ぜてきた。ドイツの地方都市で、こんな楽しいおじさんに出会えるとは。

こんな楽しいおじさんばかりなら、僕の英語恐怖症も克服されるのになあ。ホテルの部屋で通りを眺めながらお寿司をつまみ、僕はそんなことを思った。そして、眼光鋭いおじさんが売っていたお寿司はまったく美味しくなかった。