ヨーロッパ紀行 第8夜 ケルン

パリ北駅周辺は、パリ市内で最も治安の悪い場所といわれている。できることなら近づきたくないわけだが、空港から市内へ向かう電車へ乗ったところ強制的につれてこられてしまったのだから仕方がない。

プラットホームを出ると、1年前に聞いた懐かしいフランス国鉄の案内ベルが聞こえてきた。フランスらしく実におしゃれな曲、それを聴きながら駅の外へ。一年ぶりのパリの街。そして駅前に屯するhiphop黒人たち。

こわいよ…。夕暮れ時のため人通りもまばらになってきているからさらにこわいよ…。

なるべく彼らの視線から外れるよう、コソコソと歩いていく。急いでホテルへ避難しなくては。

『オイ!Japanese!!』

突然、hiphop3人組の一人が叫んだ・

「…。」

えぅ?ぼ、僕はたしかにJapaneseだけど…。きっと人違いだよ…。

呼びかけを無視し歩き続ける僕。

『ヘイ!Japanese!!お前だよ!Come on!!』

そういうとズカズカとこちらへ歩いてくるhiphop

きたー。確実に狙われているのは僕だ…。

とにかく彼らの呼び掛けには答えず、前だけを見て高速で歩き続ける僕。

『Hey!!Japanese!Wait!!Come on!!』

背中に彼らの声を感じながら、あれは僕をよんでいるのではない、気のせい気のせいと自分に言い聞かせながら、僕はホテルまでの500mを全力で駆け抜けた。

 

翌日、朝からオルセー美術館やら凱旋門やらをまわり、昼過ぎに再びパリ北駅へとやってきた。またhiphopに絡まれたいとかそんな理由ではない。午後2時発、ドイツの西部の街ケルン行き特急列車がここパリ北駅から出発する。新たな旅の始まりである。

Hiphopは夜行性のためお昼過ぎの駅前にはほとんど見られなかった。安心して駅前を歩いていると、ゴミが散乱していて大変汚いことに気が付いた。

パリといえば花の都であり大変美しいイメージを抱いていたが、パリの街をいろいろと歩き回ってみると決してそうではないことがよくわかる。

まず下水くさい。街中を歩いていると、道路の空気口を通して地下から風が吹き上がってくる。それとともに下水臭が漂ってくる。

次にゴミが散乱している。特にメイン通りから一歩入ると、そこら中に散乱している。八百屋さんの前なんかを通ると、腐った葉っぱなんかも散乱している。

最後に移民の人たちがうるさい。歴史的な背景からか、アフリカからの移民が多いパリの街。彼らは夜になるとバーで大騒ぎ。バーの目の前のホテルなんかに泊まった日にはうるさくて眠れないこともしばしば。

イメージ上のパリとのあまりの違いにショックを受ける日本人が多いと聞いたことがある。しかし、たとえ下水くさくても、ゴミだらけでも、hiphopがうるさくても、僕はパリの街が好きだ。いや、hiphopは嫌いだけどパリの街は大好きだ。

 

午後2時、ケルン行きの特急列車「タリス」がパリ北駅を出発した。真っ赤な派手な外装が実にフランスらしい。いよいよヨーロッパ三か国目、ドイツに入国である。

果たしてドイツに何があるのか、僕は何も知らない。基本的に世界史に疎い僕にとってヨーロッパの歴史的な名所へ行ってもなにもわからない。どちらかといえば美しい街並みや大自然など見た目のインパクトの強い場所の方が好みである。そして、今回の旅の第一目的地・ケルンには僕を満足させてくれるであろうインパクト強めな名所がある。その名もケルン大聖堂。世界でもトップクラスの高さを誇る教会で、その高さはゆうに100メートルを超える。

ケルン中央駅へ到着後、駅前を歩いてみる。「地球の歩き方」曰く、噂の大聖堂はケルンの駅前にあるとのこと。でも、あれ?みあたらないぞ?

100メートルを超える建造物である。見えないはずがない。しかし、駅前を歩いてみてもそれらしきものはいっこうに見当たらない。

そういえば列車がケルン中央駅へ近づいても、それらしきものは発見できなかった。おかしい。

不思議に思いながら、駅前の広場で上を見上げると…。

あっ。あった。でかっ…。

確かに噂の大聖堂は駅の目の前に建っていた。しかしあまりの大きさに、そしてあまりに駅に近すぎるため、上を見上げなければ到底見つからない。本当に首が痛くなるくらい真上を見上げないとみつからないのだ。

完成までに600年以上を費やしたというあまりに巨大すぎる大聖堂。ドイツの旅は、でかっ…という一言から始まった。

 

大きすぎる大聖堂は後で満喫することにして、とりあえずは日本から予約したホテルへ向かった。最近ネットで海外のホテルを予約できることを学んだ。これでわずらわしい宿探しから解放される。(ただし予約してあるのはパリとケルンとこれからいく予定のプラハのみ)

「ぐーてんたーっ!!」ちぇっくいんぷりーず!」

駅から5分ほど歩いたライン川沿いに建つホテルへ元気よく入っていく。

『Ok. Do you have ぺらぺらぺらぺら~』

「…。は?」

『Oh. You are ペラペラペラ~』

「…。」

わからない。フロントのおじさんが何を話しているのかわからない。スペインとは違い僕の話す英語は普通にわかってくれるらしい。しかし、今度はむこうの言っていることが僕にはさっぱりわからない。

『ぺらぺらぺら~。Understand?』

「…。たったぶん。あんだーすたんどです…。」

なぜ彼はこんなにも早口なのか。とりあえず理解した風な顔をしてお金だけ払い、あっ、僕の部屋こっちでしたよね!!とりあえず荷物おいてこよっと!みたいな、いかにもわかってますよ風な感じでフロント横の部屋へ入ろうとしたら、「そこは朝食会場だ!!」と怒られた。わからない。彼の言ってることが何一つわからない。

ドイツ人はたいていの人が英語を話せると聞いたことがある。

英語がぺらぺらな人というのは実はタチが悪い。自分がペラペラなら相手もペラペラだと思っているのか、めちゃくちゃまくし立ててくる。これがスペイン人のように英語がわからない人なら、お互い低レベルであり、簡単な単語でたどたどしく話すため案外分かり合えるのだ。

先が思いやられるなあ…。

ライン川沿いのベンチに腰掛けソーセージを食べながら、僕はこれからの旅に対して不安を抱いていた。そんな僕をしり目に、隣のベンチではドイツ人カップルが夕暮れのライン川を眺めながらいちゃついていた。