ヨーロッパ紀行 第11夜 プラハ

翌朝、共産主義時代のプラハの街と同じくらい重苦しいホテルの部屋(窓がないからずっと暗い)を抜け出し、早朝のモルダウ川沿いへ繰り出した。

朝日に照らされキラキラ輝くモルダウ川から眺めるプラハ城はやはり素晴らしく美しい。昨日は「重たい雰囲気がする街だ」などと散々書いたが、夕方から夜にかけて薄暗かったからだったのでは?と、思わせるぐらい朝の街は気持ちが良かった。観光客もまばらで、人ごみ嫌いの僕にとってはいいことづくめだ。

昨日に続いて訪れたカレル橋で、僕はあるミッションを自分に課すことにした。ここカレル橋は、プラハ城へ向かう観光客の多くが渡るため、一日中多くの人で賑わっている。そして、みんなプラハ城をバックに思い思いに記念写真を撮っている。ぜひ僕も写真が撮りたい。合言葉は「Could you take my picture?」ニュルンベルクのリベンジを果たすべく、観光客に突撃だ。

 

勢いよく橋を渡りだしたはいいものの、内気な僕はなかなか声をかけることができず、橋の上をうろうろ。だってみんな集団でいるんだもん。彼らの楽しそうな輪の中に入っていくなんて恥ずかしくてできない。

どのくらい時間が経過しただろうか。いい加減歩き疲れ、すべてを投げ出して姿をくらまそうかと思い始めたその時、目の前に一人のご婦人が現れた。朝のプラハ城にカメラを向けご満悦な様子。見たところ周りには誰もいない…。このチャンスを逃すわけにはならない…。

「え、Excuse me.… Could you take my picture?」

『お、Oh!OKOK!』

『(パシャリ)』

「せんきゅー!!ありがとう。かわりにあなたのお写真とりましょうか?」

『ありがとー。でも大丈夫よ。Have nice trip!』

…。

やった…。ついにミッションクリア。話しかけることが僕にもできた。

帰国後に写真を見てみると、プラハ城をバックにむさい男子が一人満面の笑みでピースするという、どんな心霊写真よりも不気味な写真ができあがっていたが、そのことをまだ知らない僕は上機嫌でプラハ城への坂を上がっていった。

 

相変わらず広いプラハ城の主な見どころを見学した僕は、正直なはなしプラハですることが無くなったことに愕然とし、プラハ中央駅内のバーガーキングでとても大きなハンバーガーを食しながら今日の一日をどう過ごすか真剣に考えた。

この旅行記の前半でも書いたが、僕は西洋史にまったく興味がなく、なので立派な教会を見学してもその偉大さがまったく理解できない。プラハ城の説明を読んでも、知らないおじさんばかり出てきたまったく意味が分からない。神聖ローマ帝国ビザンツ帝国なんて僕はしらない。

とりあえず地下鉄に乗り、校外の工場跡地で行われている蚤の市へ行ってみたが、正真正銘のガラクタしかなく、早々に撤退。滞在時間20分ほどで再び市内へ戻ってきてしまった。

 

どうでもいいことだが、プラハ地下鉄駅のエスカレーターはめちゃめちゃ速い。足を踏み外したら大事故になるのではというくらい速い。そしてホームがものすごく地下深くに設置されている。共産圏の国では、核戦争が起きた際にシェルターとして使うために地下鉄の駅を深いところに設置すると聞いたことがあるが、まさに百聞は一見にしかず。

 

深い深い地下から地上に現れ、再び観光客で大賑わいの共和国広場へ。しばらくその辺に座ってストリートパフォーマーを眺めていると、ふと大変美しいチェコ人の女の子が目の前を横切った。視線で追ってみると彼女はある教会の前に設置されているテーブルの前に座り、暇そうにあくびをしていた。

朝のカレル橋でのミッションに成功し明らかに調子に乗っていた僕は、無謀にも、この子とトークするという新たなミッションを自分に課すことにした。あわよくばこの子と写真撮影なんかも…。

「は、Hay!ドブリーデン!」

『は?ああ、はいはい、ドブリーデン。こんにちは。』

「私日本人で、じつはチェコに来るの初めてなのです。」

『へえーそうなんだ。あ、じゃあ教会のコンサートなんて興味ない?』

「え?」

『実は今日の夜7時からここの教会でバイオリンコンサートがあるの!行ってみない?』

「はあ…。え、僕とですか?」

『そうそう!』

「そ、そうなんだ。じ、じゃあお言葉に甘えて…。」

『じゃあ決まりね!!1枚600コルナ。』

「は?お金とるの?」

『当たり前でしょ!はい、だして出して!』

「じゃあ600コルナ…」

『ヂェクイヂェクイ!じゃあ午後7時前に必ずこの教会へ来てよね!』

「はーい…」

…。

なんかよくわからないけど、まったく興味のないバイオリンコンサートへ参加することになってしまった…。途中、もしかして逆ナン!?などとときめいてしまったけど、絶対にこれ一人で参加するパターンだよ…。あの子、チケット売りのバイトで、夜は絶対にいないもん。

聞きたくもないバイオリンコンサートのチケット(日本円で3,000円)を売りつけられ、にぎやかな共和国広場で一人途方に暮れ、呆然とストリートパフォーマーを眺め続ける僕。

しかし買ってしまったからには仕方がない。コンサート開始までの2時間を、僕は路面電車の1日乗車券をフル活用し無意味に電車に乗り続けたり、チェコ名物のマリオネット人形を購入し広場でストリートパフォーマーの真似をして遊んだりしてコンサートを待った。

そしてついに開演の時…。

 

世界遺産に登録されている教会の中でバイオリンコンサートを聴く機会なんてめったになく、予想以上に有意義な時間となった。バイオリンの音が教会内に響き渡り、実に荘厳であった。

しかし、短パン、半そでの男は明らかに浮いていた。こんなにも荘厳なコンサートなんだから、客層は上流階級に決まっている。みんなおめかししてきている中、なぜ僕は短パンなのか。なぜチケット売りの彼女は短パンの男にチケットを売りつけたのか。(なお、彼女の姿はやはりなかった。)

コンサートの素晴らしさと、短パンで鑑賞してしまったみじめさ、そしてチケットを売りつけてきた女の子が来なかったさびしさ、様々な気持ちをかかえながら、僕は一人さびしく共和国広場を後にした。