ヨーロッパ紀行 第13夜 リンツ 

かつて偉い王様の本拠地だったチェスキークルムロフ。しかし、王の没落ともに街はすたれ、取り壊すどころかむしろ放置され何百年も経過。結果として中世の街並みが当時のままほとんどすべて残るという奇跡がおきた。いまでは当然世界文化遺産に登録されており、世界中の多くの観光客がこの街を訪れている。と、お城の案内板に書かれていた。この偉い王様の名前も確かに案内板委書かれていたはずだが全く覚えていない。

早朝にチェスキークルムロフ城へやってきたものの、どうやらツアーに参加しないと見学ができないようで、お城の切符売り場の前でツアー開始までの時間を待つことにした。あたりを見回すと、僕と同じくツアー開始を待つお客さんがちらほら。中には日本人と思われるカップルもいた。新婚旅行かしら?よくよくみれば、カップルしかいないじゃないか。一人ぼっちは僕だけじゃないか。

カップルだらけの中に一人ぼっちの男が紛れ込むという珍妙なツアーは英語とチェコ語が用意されており、たぶんどちらの言語も分からないだろうけど、もしかしたら聞き取れるかもというワンチャンにかけ英語ツアーに申し込んだ。そして、当然のように早口でまくしたてる案内人の英語を、やはり当然のごとく理解することはできず、僕はただ黙ってカップルの後ろをついていった。

『This castle is ペラペラペラ』(案内人)

『Wow!!』(外国人カップルの反応)

『ほー、なるほどねえ』(日本人カップルの反応)

「ほ、ほお…」

なんてこった。僕以外みんな英語をわかっているみたいじゃないか。日本人カップルも案内人の説明を理解しているようで、深くうなずいている。僕はと言えば、周りの反応に合わせてわかっている風を装うばかりだ。

『This picture  is ぺらぺらぺら』

『Wow!!』(外国人カップルの反応)

『うーむ、なるほどねえ』(日本人カップルの反応)

「な、なーる…」

いいなあ理解できて。僕にはこの絵の由来がなんなのかさっぱりわからない。

『And this  history ペラペラペラ』

『HaHaHa!!Its so nice joke!! HaHaHa!』(外国人カップルの反応)

『ほー、なるほ hahaha!!ナイスジョーク!!』(日本人カップルの反応)

「…。」

おい、日本人カップル。絶対わかったふりしているだけだろ。

ジョークで笑うタイミングが完全にずれているじゃないか。

その後も日本人カップルは、いかにもわかっているという風情を醸し出しながら案内人のトークに反応していた。そして彼らも同レベルなんだということに一安心した僕は、同じくわかっている風情を醸し出しながらこの奇妙なツアーを続行したのだった。

 

チェスキークルムロフは本当に小さな街で、1日もあればある程度の見どころを見終えてしまう。昨日の昼過ぎから滞在している僕は当然のごとくすることが無くなったため、午後のバスで街を脱出することにした。

バスの時間までは、街の中をうろうろしたり、河原に降りて自然を堪能したりとチェスキークルムロフを満喫した。田舎町なだけあって本当に自然が豊かで美しい街だった。何百年前に造られたこの街が、いまだに姿かたちをほとんど変えぬまま現代に残っていることに素直に感動した。プラハでも思ったが、きっとお城から眺める街の風景や、少し高台から望む周囲の森の様子も、何百年前の人が見た景色とそれほど変わっていないのだろう。日本でいえば、鎌倉幕府のころの街並みが現代にもそっくり残っているようなもの。信じられない話である。

そんな高尚なことを考えながら街を歩いてもお腹は空くもので、街の中心広場に面した建物の中の中華料理屋へ入ることにした。なんだかんだ、やはりお米が恋しくなる日本人のぼくは、中国系の店員さんに酢豚丼みたいな字面のものを注文。本場中国人が作る料理は期待十分だったが、ご飯はぱさぱさで、なぜか酢豚にピーナッツソースをかけるという実に挑戦的な料理で、いままでの人生で食べた料理の中でワースト3に入る不味さだった。

チェスキークルムロフ最後の思い出が最高にまずい酢豚になってしまったが、予定通りにバスターミナルを出発したバスに乗り、この街を後にした。車窓から見るチェスキークルムロフの街は森に囲まれて最後まで本当に美しかった。

 

1時間ほどで到着したチェスキーヴディヨビッジェ駅で、再び今後の日程の検討である。

今日も入れて旅はあと3日。2日後の夕方にフランクフルト空港へ到着しなくてはいけない。無難なのはこのままプラハへ戻り、プラハからドイツへ戻るプラン。この場合、プラハにもう2日間滞在してもいいし、早めにドイツへ戻ってもよい。ニュルンベルクを再訪することもできる。

もしくは、このままチェスキーヴディヨビッジェなどのチェコの田舎町を巡るパターン。チェコの田舎町は美しい場所が多いとのこと。2日間もあれば多くの田舎町を回れることだろう。

さてどうしよう。

1時間の熟考の末、僕はそのどちらでもない、チェコを南下し、オーストリアに入国するまさかのパターンを選択した。台湾の旅でもわかるとおり、僕は期限が迫ってくると思いもよらぬ計画を実行に移したくなる。これはもう病気である。明後日帰国便が出るというのに、さらに違う国を目指すというのだから。

ここチェスキーヴディヨビッジェから列車で2時間半ほど南下すると、オーストリアリンツという地方都市に着く。まずはそこまで行ってみよう。

勢い勇んでチェスキーヴディヨビッジェ駅へ入ると、僕はその異様さに度肝を抜かれた。英語がまったく見当たらないのである。切符売り場を探そうと案内板を見てみても、まったく英語の表記がない。あるのはチェコ語のみ。チェコ語はアルファベッドで表記されているものの、読み方はさっぱりわからない。韓国ですらハングル文字を理解し(大学生の時に3年間単位を落とし続けたので文字だけは読める)ほとんど困ることのなかった僕が途方に暮れている。困った。これは困ったぞ…。

とりあえず案内カウンターっぽいところに行先を書いたメモを見せる。

『ペラペラペラ~』

…。チェコ語でまくしたてられてもなにもわからない。

こいつわかってないな…感が伝わったのか、案内嬢は駅の奥の方を指さし「あっちだ」的なことを言った。言われた通り行ってみると、ガラス張りの一室があり、そこがどうやら切符売り場のようだった。部屋の中に入りお姉さんに元気よく伝える。

「どぶりーでん!I want to go to リンツ!!」

『Hello!ペラペラペラ~』

「いえすいえす!」

もう何言っているかわからないけど、ここはとりあえず、うんうんうなずいておく。でないと、おそらく列車にはのれない。

『ペラペラペラ~ Have a nice trip!!』

お姉さんはそういうと、切符を1枚手渡してくれた。リンツと書かれた一枚の切符。

や、やった…。

「ぢぇくいぢぇくい!!」

『Year! ぷろしーむ!』(どういたしまして!)

しかも、僕のチェコ語も初めて通じた。なんども出てきた「ぢぇくい」とはチェコ語で「ありがとう」、「ぷろしーむ」は「どういたしまして」。つまり英語の「thanks」

「you are welcome」に相当する。このやり取りが成立したのは今回が初めてである。異国の地で言葉が通じるのはとてもうれしいものだ。

ホームへ出ると、共産主義時代からタイムスリップしてきたかのような、えらく旧式な列車が止まっていた。駅員さんに確認し乗車すると、車内は、ヨーロッパの鉄道にありがちな、1部屋6人ごとに区切られたコンパートメントという形式。話には聞いていたが、このタイプの列車に乗るのは実は初めてだった。

適当な席に座り発車を待つ。間もなく発車時間となっても、誰一人として僕の部屋には来ない。これはもしかして貸切か?なんという贅沢!

と、うきうきしていたところ、発車直前にワイワイガヤガヤと騒がしい一行があわただしく僕の部屋に駆け込んできた。なんてこったい…。

見た目大学生風の男女5人組は、もう人生が楽しくってしょうがない!という雰囲気を醸しだしており、とってもまぶしかった。一方、彼らと対極に位置する陰キャの僕は、この部屋にいるべきではない人間なのではとの自責の念にかられ、大変暗い雰囲気を醸し出していた。でも、一番奥の座席に座っちゃったから、いまさら出るに出られない。そもそも、先に席についていたのは僕の方である。

楽しいコンパートメントの一室に、さながらブラックホールのような真っ暗な空間を作りながら、列車は動き出した。キャピキャピ大学生たちは車内でもワイワイガヤガヤ楽しそう。その部屋の一角でずっと無言で外を眺め続けている僕。

テンションあがりっぱなしの彼らは、リュックからワインのボトルを取り出し、「うぇーい!!」と叫びながら酒盛りを始めた。そして列車が揺れた拍子にワインがこぼれ、こともあろうか僕の足とリュックを冷たく濡らした。

『Oh…Sorry』

「Oh!No probrem!!HaHaHa!!」

『よかったー!!お詫びにあなたも飲みます?』

「いいの?じゃあお言葉に甘えて…」

『やったー!!それじゃあカンパーイ!!』

 

僕に社交性があれば、上のような会話が成立し、彼らと意気投合することも可能だったのだろうが、ブラックホール的ポジションの僕にそんな芸当は不可能。結局彼らを一瞥して、「あ、大丈夫っす…」みたいなことをいって再び外を眺め続けた。その姿を見た彼らは、この異様な男を見てテンションが下がってしまったらしく、沈黙も増え、「なんで彼はこのコンパートメントに1人でいるのかしら、ほんとに空気読んでほしいわ!」という雰囲気を醸し出したまま、1時間ほど後にぞろぞろと下りて行ってしまった。

彼らの楽しい旅行を台無しにする東洋から来たブラックホールを乗せ、それでも列車はオーストリアへと走っていくのだった。

 

チェスキーヴディヨビッジェから2時間ほど経過。車窓の風景は草原ばかりでまったく変わっていないのだが、途中停車する駅でお仕事をしている駅員さんの制服が変わっていることに気が付いた。いつのまにか国境を越え、オーストリアに入国していたようだ。

結局3時間ほどでオーストリア第3の都市、リンツへ到着した。チェコの駅とは違いだいぶ近代的で、看板にはドイツ語以外に英語もしっかり表記されていた。

さあ、まずは今夜の宿探しだ。と、勢い勇んで駅を出てみて、僕は衝撃的事実に気が付いた。僕がこの旅で心から信頼していたパートナー「地球の歩き方」、そのオーストリア版を日本から持ってきていなかった…。ドイツとチェコは初めから行く予定だったのでバックパックに詰めたが、オーストリアは気まぐれでいくことを決定したため持っていない。つまり、地図も観光地も、そして宿の情報もまったくわからない。どうしよう…。(この時代には当然スマホなんてない。)

とりあえず駅へ戻り、informationと書かれたカウンターへ行ってみる。こういうところにはホテルリストが用意されているはずだ。

「くーてんだーく!Do you have a hotel list?」

『…?What?』

「えっと…、ホテルリストを…。」

『(向こうだという感じで指さす)』

「あ…、そうですか…。だんけだんけ…」

受付のお姉さんが指さした方へ行くと、もう一つinformationと書かれたカウンターがあり二人のおばさんがおしゃべりしていた。でもあそこって駅の案内カウンターでは?観光案内所ではないのでは?

「くーてんだーく!Do you have a hotel list?」

『うーん?I don’t know!』(2人顔を見合わせながら)

「…。」

まずい。異国の地で観光案内所も見つけられない。わが人生八方ふさがり。

もう誰も信用できない僕は、覚悟を決めて駅の外へ。こうなったら見つけたホテルに片っ端から特攻だ。

駅を出てどちらへ行くか迷った挙句、直感で右へ。横断歩道を渡り大きな通りを進んでいく。しかし、いくら歩いてもホテルらしきものがない。これだけの大きな街で、しかも駅前というのに一軒もホテルが見つからない。結局20分ほどで歩き疲れた僕は、再び駅へ戻り、最初に冷たくあしらわれた観光案内所と思われるカウンターへ半べそで向かっていった。

『Hello! (って、なにこの男泣いているの?)』

「へ、Help me…。I m looking for a hotel…」(半べそで)

『Ah~ Hotelね!いい男が泣かないの!ちょっとまちなさいよ。』

「は、はい…」

『ほら、これがホテルリストよ。』

「だ、だんけ…」

『駅のここら辺がチープホテルだから。泣かないで探してきなさい。』

「だ、だんけ…」

結局最初に入ったinformationと書かれたカウンターはやはり立派な観光案内所だった。カウンターに座っていたお姉ちゃん(僕と同世代)は僕のつたない英語を、2回目でようやく理解してくれた。そしてホテルリストを渡してくれただけでなく、安宿のありかまで教えてくれた。ちなみにお姉さんが教えてくれた安宿エリアは、僕が先ほど探した方向とは真逆。つまり駅を出て右ではなく左へ歩いていればこんな恥ずかしい思いをすることはなかったのだ。

リンツは木々が多く大変美しい街。そんな美しい街からの見事な先制パンチを食らってしまった僕は、すでにダウン寸前。お姉ちゃんに教わった安宿へふらふらしながら入っていった。