台湾再訪 一人で台北101

完全に場違いなリゾート地、恒春から決死の思いで脱出した僕は、高雄から新幹線に乗り換え、台北へと帰還した。地獄からの生還。リゾート地に一人で行ってはいけないといういい教訓となった。やはり旅というのは日々勉強なのである。

さて、台北での宿を確保した僕は、これまた一人で台北101へと向かった。

世界で最も高いビルとして知られる台北101。

5回目の台湾にも関わらず一度も訪れたことのなかった場所である。

実をいうと、2度目の旅の時、最終日にマクドナルドで一夜を明かしたあの晩、徒歩で台北101を目指したことがあった。

総統府から望む彼は思ったより近くに見え、1時間も歩けばたどり着けるのではと思い歩き始めたものの、いつまでたってもたどり着かず。結局断念し、無駄な時間を過ごしたものだ。一向に近づかない台北101はまるで幻のようだった。彼は本当に存在するのだろうか…。

そんな思いで地下鉄を乗り継いだところ、30分ほどで彼の足元までたどり着くことができた。何のことはない、彼は実在したのである。

 

ビルの中へ入った僕は、訪れたことをいきなり後悔した。

なんだこのファンシーな空間は…。

台北101は、低層階がいわゆるショッピングビルになっており、そこは当然、ナウいヤングたちでごった返していた。またナウいヤングかよ…。恒春での悪夢の再来である。

いや、恒春は外だけあってまだ逃げ場があった。

しかし、ここは室内だ。逃げ場といえばトイレぐらいしかない。

台北101へきて便所飯…。それは寂しいぞ…。

意を決した僕は、ヤングたちの間を強い気持ちをもって駆け抜け、這う這うの体で5階の展望室入口へとたどり着いた。

ショッピングフロアと違い、展望室入口は人もまばら。エレベーター付近に20人ほどの行列があるくらいで、僕を安心させた。

『ようこそ台北101へ!!何名様ですか?』

「一人です」

『あっ、お、おう!OKよ!大人一人ね!』

受付のお姉さんはとても美しく、そして日本語が上手だった。

そんなお姉さんに「一人です」と答えるのは大変勇気がいる行動だった。お姉さんが若干引いていたような気もするが気にせずに進もう!

『ハーイ!ようこそ台北101へ!写真どですか!』

…。

まだあるのかよ…。

受付を越えた先には、四方をついたて板?で囲まれたかわいらしいブースがあり、そこのお姉さんとお兄さんが僕に写真を撮ってあげようと誘ってきた。

テーマパークにありがちなこのフォトサービス。家族連れやカップルなんかには大変好評なのだろう。

しかし、こっちは一人なんだ。気を使ってくれよ…。

僕は言葉がわからないふりをして、このスペースを避けて進もうとした。

しかし、構造上このフォトスペースを通らない限りエレベーター乗り場にたどり着けないことに途中で気がついた。

そして、フォトスペースに入った僕に、お姉さんお兄さんの魔の手が忍び寄る…。

『お兄さん!わらってわらって!』

『ピース!ピース!』

『はい!ピース!ピース!』

…。僕が日本人ということに気づいたらしく、完璧な日本語で話しかけてくるお姉さんとお兄さん。

こうなったら自棄である。

僕はお姉さんお兄さんの前で全力で笑顔を作り、そして全力でダブルピースした。

『お、おう!ピースピース!い、いいねえ!ノープロムレム!』

なにがノープロムレムなんだよ…。

そして、ちょっと引いてるじゃないか…。君たちの要望に応えただけなのに…。

もう帰ろうかなあ…。

 

台北101による数々の羞恥プレイに耐え続けた僕の心はズタズタだった。

それでも、本当に最後の気力を振り絞って列の最後尾へ並ぶ。前には家族連れや友達同士など10人ほどの人たちが列を作っている。

ふと横を見ると、行列のちょうど隣に大きなモニターがおいてあった。

画面には台北101から見える夜景などがスライドで映し出されていく。

そして、ふいに画面に映し出される家族連れの写真。よく見ると、僕の前に並んでいる家族連れそっくりだ。

次に映し出されるは陽気なポーズをとるカップル。これまた僕の前に並んでいる2人にそっくりだった。そのまた次に映し出された友達二人組も僕の前にいる。

まさか…。

次の瞬間、モニターには、台北101を背景に満面の笑みでダブルピースをする一人の男が映し出された。

先ほどのフォトスポットでとられた写真は、行列に並ぶみなさんを退屈させないため、モニターに順次映し出されていく。その写真を見て気に入った場合には、出口で申し出れば記念に購入できるシステムのようだ。

なお、先に述べたとおり、写真の背景には台北101が見事に合成されている。IT先進国台湾だからなせる粋な計らいである。

そんな計らいいらないって。

ちなみに、この写真はだいたい10秒ほどで次の写真に変わっていくのだが、なぜかダブルピースの男性の写真は20秒たっても30秒たっても映し出されたままだった。

これは推測だが、新しいお客さんがきて、新しい写真が撮られた場合に限り、スライドが初めに戻り、再びあたまから動き出す仕組みなのではないだろうか。

つまり、新たに写真が到着するまでは、一番最後に撮られた写真、つまり列の最後尾にいる僕の恥ずかしい写真が永遠映し出されることになる。

僕の前にはあれほどいたお客さんが、僕の後ろには何分たっても来てくれなかった。

モニターに永遠映し出され続けるダブルピースの男。

そして、モニターの前に立ち尽くす僕。

列が前に進んだ結果、僕はちょうどモニターの前に立つことになった。

ダブルピースの自分と奇跡のツーショットだ。

…。

僕は涙をこらえて、しかし下を向かず前だけをただ見つめ自分とのツーショットに耐え続けた。

ツーショットがあまりに素晴らしかったのだろう、展望台から降りてきたお客さんの何人かは、携帯でモニターを撮影していた。台北101にあたらしくできた特設のアトラクションである。

奇妙なツーショット写真が、今宵ネットの海に放流されるのであろうか…。

そう思うと夜も眠れない。

なお、展望台からの夜景はとてもきれいだった。