台湾リベンジ 第14夜 保安駅

2008年1月28日

午後12時34分。

いま僕は台南駅にいます。

来ちゃった…。本当に来ちゃった…。

基隆から5時間近くかけて来ちゃったよ…。

昨夜、橋本氏の大阪府知事就任を見届けすぐさま眠りについたためか、今朝は

午前5時ぐらいに目が覚めてしまった。

そして妙にテンションがあがっていた僕はそのまま基隆駅へ直行。台南行きの

切符を買い、始発列車に乗り込んでしまったというわけである。

『しまったというわけである』の意味が全くわからないけど、とにかく、僕

はいま台南にいる。

そして、僕の所持金は底を尽きつつある。昨晩も言ったとおり、台南往復をし

た場合、そこそこのレベルの宿に泊まるだけの金は残っていないのだ。

それでも、僕はいま台南にいる。

帰国便が飛び立つまで、あと22時間。驚くべきことに丸一日をきっている。

 

しかし、そんなことを気にしていても楽しめないので、僕は全てを忘れ(忘れ

ている場合か)、台南市街にある公園へと直行した。ここには大きなガジュマル

の木が生い茂っているのだ。

と、その前にセブンイレブンで食料を購入。

ここのセブンイレブン、実は第5夜で台南を訪れた際にも立ち寄っており、そ

の際、レジの女の子に「日本の方ですか?」と声をかけられるという、今とな

ってはどうしてそんなドキドキイベントを第5夜で書かなかったのだろうと

不思議で仕方がないのだが、とにかくそんなことがあったセブンイレブンへ行

くことにしたのだ。

さて、1週間ぶりだがあの女の子は…、あっ、いた。棚の整理してる!

なんとなく運命的な、少女漫画的なことがこるんじゃないかと期待してその子

の周辺をうろうろ。しかし彼女は僕のことなど全く覚えておらずレジのイケメ

ンと談笑中。うぅ…。

 

結局、少女漫画的な胸キュンイベントは起こるはずもなく、おとなしくお弁当

を買い込みガジュマルの木の下で遅い昼食。

最後になってようやく触れるけど、僕はこの旅の間中、ほぼ毎日といっていい

ほど食べていたものがある。その名も『新國民便当』。なんとも戦時中の苦労を

思い起こさせるような、日本のコンビニがこんな名前の商品を売り出したら真

っ先に左寄りの人たちが集合して糾弾されるような名前の弁当だが、はっきり

いってこれがめちゃくちゃ美味い。ご飯の上に鶏肉とソーセージ、キャベツの

炒めものなどがざっくばらんに乗っているだけなのだが、僕の口には物凄く合

う。僕の味覚がおかしい可能性も十分に考えられるわけだが(『台湾紀行』参照)、

台湾に行った際にはぜひ食べるべきだと断言しておく。

そういえば、僕も中国、韓国、香港、アメリカ(というかグアム)と様々な国

のコンビニを制覇してきたわけだが、日本のものに近い弁当に出会ったのは台

湾が初めてだった。韓国にしても中国にしてもおにぎりや焼きそばみたいなも

のは売られていたのだが、いわゆる弁当というものはなかった。

『ぼっちで台湾』でも書いたように、台湾には日本統治時代に広がった弁当の

文化が今も息づいている。コンビニで売られているものからでも、日本と台湾

のつながりを感じることができる。

それにしても、ガジュマルの木というのは実に不思議だ。

台南は冬だというのに気温25℃。しかもこの公園は原付バイクが大挙して走

る大通りに面している。それにも拘わらず、一歩ガジュマルの木の下へ入ると、

気温も騒音も幾分和らいでしまう。

お腹もいっぱいになったし、この快適空間の中で暫しお昼寝…

 

…している場合ではない。

一刻も早く台北へ戻らないと今日の宿がとれないばかりか下手すると帰国便に

乗り遅れる可能性がある。さあ、台南駅まで走れ!

しかし、ガジュマルの木の作りだす快適空間には勝てず、結局昼寝を敢行。

その後も、前回訪れることができなかった古い寺院でおみくじを引いたり、周

りの人を真似して台湾式お祈りをしたりして台南を満喫。台南駅に着くころに

は、すでに午後4時近くになっていた。

そしていま思い出したことだけど、僕の本来の目的地は台南ではない。4時間

も滞在し台南をいいだけ満喫してしまったけど、僕が行きたいのはここではな

く保安駅だ。もう4時を過ぎているというのに。

南下した本当の目的をやっと思い出した僕は、混雑している癖に相変わらずド

アが閉まらず、客に対して線路に落ちちゃうかも…、という、できれば味わい

たくないスリルをこれでもかと提供してくれるお馴染みの列車に乗り、ようや

く思い焦がれた保安駅へとやってきたのである。

 

うん…。やはりいい…。

1週間前に来た時よりさらに日は傾いていた。そのおかげか、夕日に照ら

された駅前の風景はよりいっそう美しさを増していた。

荷物をコッソリ駅舎の陰に隠し、周辺の散策へと出かける。

駅前から真っすぐ伸びる道は、50メートルほどで交通量の多い大きな道にぶ

つかる。台南市内に通じているのだろう、車や原付がひっきりなしに通る大き

な道。その道を左へ向かい、やがてぶつかる交差点を再び左へ。列車の高架の

下をくぐりしばらく歩くと、そこは一面の水田地帯。

このあたりの水田地帯は、日本統治後に日本人のある技師によって開発された

灌漑設備によりは開発されたそうだ。今回の旅では訪れることはなかったが、

その技師を称える記念碑などもこのあたりには現存しているらしい。

水田地帯をまっすぐ貫く一本の道路。しばらく行くと、前方に派手な廟が見え

てくる。小さな集落には不釣り合いなほど大きく、そして派手な装飾で飾られ

ている。中では地元の老人たちがおしゃべりに興じていた。ここは集落の中

心であり憩いの場なのだろう。僕は廟の階段に腰掛け、老人たちの話に耳を傾

けてみる。もちろん何を言っているのかは分からない。しかし、老人たちの声

をバックに集落を眺めていると、時が止まったかのような、不思議な感覚に陥

る。その感覚が何とも心地よい。

どれくらい経っただろう。太陽はすでに地平線の向こうに隠れつつあり、闇は

すぐそばまで近づいていた。

そろそろ戻ろう…。

階段から立ち上がり、もと来た道を戻る。沈む寸前の太陽に照らされ真っ赤に

色づいた集落を、僕はゆっくりと歩いて行く。

駅に戻ると、まもなく列車がやってくるという。もう少し、この雰囲気に浸っ

ていたいとも思ったが、僕は切符を買いプラットホームへ出た。

また来ればいい。

おそらく何年後も、いや何十年後も、この駅はここに存在し続けるのだろう。

そして、この駅で、そして周辺の集落で感じた不思議な雰囲気も決して変わる

ことはないだろう。理由は分からない。ただ、僕は不思議とそう確信していた。

また来るその時まで…。

心の中でそうつぶやくと、僕は高雄方面へと向かう鈍行列車へ乗り込んだ…。

 

…。

高雄方面?

おいおい台北とは真逆の方向だぞ…。

時刻はすでに午後の5時半。今から台北とは真逆に向かう…。死ぬ気か…?

 

さて、一昨日の宜蘭で物の怪に騙され自分の意志とは逆に台北で向かってしま

った時のように、なんとなくノリで♪と軽い感じで高雄まで来てしまった僕は、

さすがに焦り、ここまでの自分の行いを心より恥、ついには発狂。重たいリュ

ックを駅のロッカーに預け夜市で乱痴気騒ぎだ。

豚の角煮を乗せた丼を食い、隣のタコ焼き屋台で数箱買い込み、さらに向かい

の台南名物のラーメンみたいなものの屋台で麺とともにタコ焼きを豪快に食ら

う。マジックの実演販売にまんまと騙され胡散臭いマジックグッズを購入。上

機嫌のまま、マン○ミルクという完全に放送禁止用語であり、いくら台湾人だ

からってその日本語の間違え方はちょっと…というかき氷屋台でイチゴパフェ

みたいな馬鹿でかいイチゴのかき氷を満喫(マン○ミルクは旬じゃないと

いう意味不明な理由で断られた)。

六合夜市は端から端まで歩くと10分ほどかかる。それくらい大きな夜市なの

だが、そこを何往復もし、大いに食べ、大いに飲み、高雄の夜を満喫した。こ

うなったらもうやけである。

いえーい!もう台北戻るのむりでえーす!

そして、通算で6往復目。さすがに2m近い男が何度も夜市を往復し食いまく

る姿は目立ったのだろう。通りのちょっと奥まったところに屋台を構えるおじ

さんが手招きをしてくる。おぉ、なんですかなんですか。

他の屋台の真裏で営業している間違いなく怪しすぎる屋台、そこには大量の日

本の映画やドラマのDVDが並んでいた。

「お、おじさん…これって…」

『ニヤニヤ』(不敵な笑みを浮かべうなずく)

大量に並べられたDVD。その中に、僕が大好きな映画を発見。

実は、この旅の間中、CDショップへ立ち寄ると必ずこの映画のDVDを探し

ていたのだが、ついに見つけることが出来なかった。まさかこんな所で出会え

るなんて…。

値段を見ると…

「お、おじさん…これって…」

『ニヤニヤ』(一本150元だぜと言いたげな不敵な笑みを浮かべる)

い、一本150元(600円以下)だと…。

お、おじさん…

…。

時は過ぎた。

おじさんとの面談の後、「なぜだか所持金がぐっと少なくなった財布」と「あや

しい荷物(DVDBOX?)」とともに、そそくさと高雄駅に戻った僕は、ロッカ

ーのリュックに「それら」を詰め込み、そして我に返った。

なんでも台湾には、いわゆる「海賊版DVD」というものがコッソリ売られてい

るらしい。もちろんこれは違法である。当然日本に持ち込むこともできないの

だ。いくら安いからって、買ってはいけないよ(棒)。こんな卑劣な犯罪行為、

僕は絶対に許しません(棒)。

 

台北に戻らなくちゃ…。

駅の時計の針は午後の10時30分を回っている。帰国便の出発まで11時間

を切った。それにも関わらず僕は高雄にいる。

この状況を日本に当てはめると、翌朝9時に成田空港を出発する飛行機に乗る

男が、前日の夜10時過ぎに名古屋の栄で乱痴気騒ぎを繰り広げている、とい

うことになる。そんな奴を僕は見たことがない。

駅の時刻表を見ても台北行きの列車はもうなさそうだ。

始発の列車に乗るという手もあるが、高雄から台北まで特急で5時間かかる。

9時の飛行機に乗るためには台北に朝の6時には着いていないといけない。と

なると、高雄出発は深夜1時…。深夜1時に出発する始発なんて、それはもう

始発とは呼ばない。

台湾新幹線なら台北まで1時間半。始発が何時にあるか知らないが、4時台に

出発する列車なんかあるわけないじゃない。というか、仮にそんな列車があっ

たとしても、この夜の乱痴気騒ぎにより所持金が1,000元を切っているた

め乗れない(新幹線で台北~高雄は1,100元する)。本格的にこの状況はま

ずいのである。

さて、どうしようか。

2週間の旅の思い出が詰まりすっかり重たくなったリュックを背負い、途方に

くれながら高雄の街を歩く。

さすが、台湾第2の都市。この時間になっても原付バイクがひっきりなしに大

通りを走っている。そのバイクで飛ばせば明日の朝までに空港に着けるのかし

ら…。

くだらない妄想を頭の中でめぐらせながら駅前の大通りを渡る。

…。

あれ?

横断歩道を半分くらい渡ったところで、前方にある看板が視界に入った。

あれって、もしかして…。

ホテルや商店の派手な看板の中で、ひっそりと緑色に輝くその看板。

人込みをかき分け、僕はその看板を掲げる店へ吸い込まれていった。

午後の11時。

帰国便の出発まで、あと10時間。