ヨーロッパ紀行 第16夜 ハーメルン 

昨晩はベルリン中央駅前という早朝移動には最高の立地にたつビジネスホテルに泊まった。それにも関わらずすっかり寝坊した僕は、見事に始発電車への乗車に失敗。駅前広場で途方にくれながら、あいかわらずとてもしょっぱいカリーブルストで朝食をすませた。

ベルリン中央駅は何もない場所にあらたに新設されたこともあり、駅前は公園のようになっている。ベンチにすわり、行きかう人たちをぼけーと見ていると、ほんの30年ほど前まで、ここが冷戦の最前線だったとはとても考えられない。まさに平和そのものである。

平和ボケなのか、それともただの怠け者なのか、なんとも眠たいなか重たいリュックを背負って今日も出発。何度も言うが、今回の旅の最終目的地はフランスのパリなのだ。とにかく移動しないことには日本に帰れない。

本日の目的地だが、本来であれば、なるべくパリに近づくために、ドイツ中部あたりまで言っておきたいところである。

そんななかで僕が選択した街はハノーファー。ドイツ北西部に位置している。ドイツ北東部のベルリンからはICEで1時間だ。つまり、西へほぼ真横に移動したに過ぎない。

この旅で思ったことだが、僕ももう30歳間近であり、肉体の衰えが顕著である。ようするに、移動がめんどうくさい。かつては帰国前日にでも長距離移動を敢行していた僕だが、もうそれほど若くない。30歳でなにをいっているのかとお思いだろうが、実際、今回の旅は計画段階から面倒くさかった。じゃあなぜわざわざ旅に出たのかといわれると返す言葉もないのだが、とにかくめんどうな移動を極力避け、おとなしくパリに5日間ほど滞在してのんびり過ごそうと考えていたのである。それなのに、なぜ僕は北ドイツになんかいるのだろう?

移動の面倒くささから、とりあえずベルリンに近いからという理由で選んだハノーファーは、観光情報満載の「地球の歩き方」にすら「企業の見本市で有名」とし書かれていない、およそ観光客が訪れるような街ではないようだ。駅前もビジネス街らしくドイツ特有のかわいらしい家々は皆無で、企業のビルやビジネスホテルが目立つ。

駅前に立つ一軒のビジネスホテルになんなくチェックインし、とりあえずは一安心。観光客相手のホテルではなく、受付もビジネスライクな対応に終始していたため、英語にトラウマを持つ僕にとってはただただありがたかった。余計な話をして愛想笑いしなくて済む。

荷物をおろし、さてどこへ行こうかとベッドでゴロゴロしながら考えていると、なんとハノーファーの近くにはメルヘン街道が通っているという情報をゲットした。ドイツはかわいらしい街やお城がそこら中にあるため、それらを結んだ観光街道がいくつもある。もっとも有名なのは、ノイシュバンシュタイン城を含む「ロマンティック街道」。そのほか、「古城街道」やら「ファンタスティック街道」やらがドイツ中にあるのだが、その中の一つが「メルヘン街道」なのである。メルヘン街道沿いにはグリム童話の舞台になった街が点在しており、世界中のメルヘンな奴らが集うそうだ。

30歳近い男が一人でメルヘン街道を訪れるというのはもはや事件であり、本来は人として大変危険な行為なのだが、ハーメルンという街がどうしても気になった。

ハーメルンの笛吹男」という童話をご存じだろうか?

ねずみの大量発生に困っていたハーメルンの人々のもとに、ある日「笛を吹けばねずみがいなくなりますよ」といううたい文句の一人の男が現れた。街の人々は疑問に思いながらもその男に駆除を依頼。男が笛を吹いたところ、なんと街中のねずみが男のもとに集まり、そのまま川へと入り溺れ死んでしまったではないか。

これには街の人々もびっくり。「ではそれなりの報酬をください」という男を無視し、喜ぶ街の人々。なかなか報酬をくれようとしない街の人々にブチ切れたねずみ捕りの男…。男が再度笛を吹くと、なんと今度はねずみのかわりに街中の子供たちが男のもとに集まり、そのまま連れ去られてしまった…。

といった、ほんのりと怖い童話。メルヘン街道のわりにまったくメルヘンではないのだが、なんとこの子供連れ去り事件、中世に実際に起こった出来事だというのだから驚きだ。いわば神隠しの現場である。こんな奇妙な街、行くしかない。

ハノーファーから鈍行列車で、一面の麦畑の中を走ること30分ほど。ハーメルンはいかにも地方の小都市といった風情で、駅前には住宅街が広がっていた。その中を15分ほど歩くと、ドイツらしい木組みの家が立ち並ぶ旧市街に到着だ。駅前とは違い、旧市街にはメルヘンな奴らが集っており、夕方にもかかわらずそれなりに賑わっている。笛吹男の童話を前面に押し出しているだけあって、お土産物屋さんにもねずみグッズが満載だ。

しばらく旧市街を歩くと、メルヘンな奴らで人だかりができている一角を発見。案内板を読んでみると、なんとここが笛吹男の家らしい。あれ?笛吹男ってよそからきたんじゃなかったっけ?

いまいち納得できない気持ちを押し殺して、旧市街の中心にあるマルクト広場のベンチで小休止。すると、広場に面した教会のからくり時計が突然動き出した。はじめはねずみをつれた笛吹男が現れくるくる回ったのち姿を消す。しばらくすると、今度は子供たちをしたがえた笛吹男が現れる。この一連の動作をかわいらしい音楽とともに繰り返すのである。

なんてメルヘンなんだ…。というか、実際に起こった恐怖の子供連れ去り事件をこんなメルヘンに仕立てあげるなんて、ハーメルン観光協会よ、それでよいのか。そもそも、旧市街の石畳の道路には可愛らしいねずみの絵が連なって描かれているのだが、案内板には「ここが笛吹男が子供たちを連れ去った経路でーす♪」みたいにめっちゃ楽しそうに書いているけど、ハーメルンよ、それでよいのか?

帰国後に調べてみたところ、子供連れ去り事件の真相は諸説あるそうだが、人身売買で東欧(いまのチェコのあたり)に子供たちが売られていった説が有力らしい。実際、ハーメルンでしか見られない名字が、遠く離れた東欧の集落で多く見られる、なんて話もあるそうだ。

歴史的な観点からみると実に興味深く、大変面白い街ハーメルン

ただ、人身売買をネタに観光客を集るなんて人としていかがなものか。ハーメルンの人々(というか観光協会の人たち)は実にたくましいのである。

というか、せっかくねずみを追っ払ってくれたんだから、笛吹男にはちゃんと報酬払いなさいよ。