ヨーロッパ紀行 第19夜 ブリュッセル 

小便小僧はどこだ。

ブリュッセルといえば小便小僧、小便小僧といえばブリュッセルである。ブリュッセルの中央駅であるブリュッセル西駅から案内板を頼りに探してはみたものの、完全に迷子になってしまった。

ブリュッセルを歩いてみて気づいたことがある。はっきり言って汚い。道路のそこかしこにゴミは落ちているし、八百屋さんの前は野菜のカスが散らばっているし…。パリも裏通りに入るとこんな感じだったが、ブリュッセルがここまでひどいとは…。大体どこの街へ行っても美しいドイツから来てしまったことで、よりその汚さが気になってしまう。

日本では「ブリュッセル=美しい」というイメージが出来上がってしまっているが、実際はこんなものである。

そういえば、ブリュッセル西駅に面する大通り、そこの信号が作動していなかったのには笑った。一国の首都の中央駅に面する大通り、その信号が作動していないのである。東京駅に面する信号がもし作動していなかったら、日本では大ニュースになることだろう。しかし、ブリュッセルではこれが通常営業らしく、みんな器用に車を避けている。なんと逞しいことか。

さて、問題の小便小僧であるが、どこを歩いてもいない。

ブリュッセルにはグランプラスという大きな広場がある。世界遺産にも登録されている「世界一美しい広場」はブリュッセル観光の中心であり、多くの人でにぎわっている。残念ながら、僕が行った時には広場を取り囲む一部の建物が工事中であり、大きく建物の絵が描かれたビニールシートがかぶせられていたため、ある意味では貴重な景観を楽しむことができたのだが、その近くにいるはずの小僧がみあたらない。

小僧の捜索を一時中断し、広場近くのワッフル屋さんに立ち寄ることに。ベルギーで小僧の次に有名なワッフルは押さえておかなければならない。適当に目についたお店で行列に並んでいると、お店の入り口のそばに、茶色い大きな小便小僧が立っていた。大量の砂糖がまぶしてあるうえに大量のホワイトチョコレートがかけられているため、半端ないくらい甘いワッフルを食べながら、その小便小僧を触ってみた。

これ?じゃないよなあ…。だってプラスチックでできているっぽいし。それにこんなに茶色くなかったと思うけど。

これかもしれないような、いや違うような。

続いて、通りに面したお土産物屋さん入ってみると、棚の上に股間がえらくとがった小便小僧がたくさん鎮座していた。

これ?でもないよなあ…。金属でできており、先ほどのワッフル屋さんの小僧よりかは本物っぽいが、こんなに股間がとがってなかった気がする。しかも棚にたくさん並んでいることからして、きっとワインの栓抜きかなんかではないだろうか。しかし、とがった股間で栓を抜いたワインを飲みたいか?

このような感じで、ブリュッセルの街にはいたるところに小便小僧がいる。歩き疲れたため、「もうこれが本物でいいじゃん」とお土産物屋さんの股間がとがった奴の写真を撮り、駅前のホテルへと戻ることにした。

途中、小道を入った先に人だかりができており、その中心に股間から水を出す小僧らしき小さな銅像があったが、あれが本物だったのだろうか?今となってはわからないが、僕の中では股間のとがった彼こそが正真正銘本物の小便小僧なのである。

 

さて、ベルギーでの3つの必須科目のうち、小便小僧とワッフルの2つをクリアした僕は、パリ行きの切符を求め、ブリュッセル西駅へと向かった。(必須科目の3つ目はフランダースの犬。今回はパス。)

というか、明日は旅の実質的な最終日であり、なんとしても明日中にパリへ到着しなくてはならない。ブリュッセル西駅にはフランス国鉄TGV専用窓口があるため、そこで切符を購入できそうなのだ。しかし、何度窓口周辺をうろうろしてみても自動券売機が見当たらない。ドイツでは自動券売機にばかり頼っていたため、彼が設置されていないと不安…。しかし、ここは気合を入れなければならない。でないと、日本へ帰れないのだから。

「ぼんじゅーる!I’d like to buy a ticket. I want to go to Paris!」

『Sure.どの時間帯の電車だい?』

「えーと、(時刻表を見せながら)このくらいの時間かなあ…」

『OK. Sure.』

窓口のお兄さんは英語、僕は最初以外はすべて日本語。このやり取りでも、結果的にパリ行きの切符が手に入るのだから、僕の語学力も大したものである。

そういえば、ブリュッセルへ向かう列車の中でこんなことがあった。

どこの国かはわからないが、西洋人の若い男の子がブリュッセルのどの駅で降りたらいいのかわからず、車内で右往左往していた。

ブリュッセルには東駅やら西駅があり、ケルンからのICEはすべての駅で停車するため、目的地によって降りる駅が異なる。

そんな彼を見かねて車内にいた乗客たちが次々に、「どこへいくだ?」「おーここへ行くなら東駅だな。」「いやちがう!西駅だ!」などとあらゆる方向から話しかけていた。結局、東駅で降りるのが正解ということでその場は落ち着いたのだが、なんとこの青年はいまいち英語を理解していなったらしく、東駅に到着してもなかなか降りようとしない。それを見かねて、また乗客たちが、「ここだここだ!」「おりろ!おりろ!」と彼に一斉に話かかけた。この状況をなんとなく察した彼は、恥ずかしそうに笑みを浮かべながら手を振り列車を降りて行った。それをみて乗客たちもみな笑顔になっていた。その光景は、まるで以前の僕を見ているようだった。台湾ではバスに乗っても停留所がわからず乗客に教えられ、チェコではペンションの場所がわからず受付のお姉さんに爆笑され…。その光景を見て、なんとなく昔のことを思い出していた。

そして驚くべきことに、なんと僕はこの一連の会話が理解できていたのである。そういえば、この旅ではホテルを予約する際も何かを買う際も、最終兵器である『指さし会話帳』を一度も使わなかった。いつのまに、こんなに語学力があがっていたのだろう…。といっても、わかったのは聞く方だけで、話すのはさっぱりのまま。乗客が青年に話かけていた間も、僕は一言も発せず、いい笑顔でその現場を見ていただけだ。これでスピーキング力もアップすれば、旅はもっと楽しくなるのだろう。

 

翌日、僕はブリュッセル西駅を午前10時半に出発する列車でパリへと向かった。2年ぶり3度目のパリである。本当なら、旅の2日目にはパリに到着して、5日間満喫するはずだったのに…。

3度目のパリは相変わらず美しかった、と言いたいところだが、前日にネットで予約した宿がまさかの移民街のど真ん中であり、ゴミや野菜が道のそこら中に散らばっていた。

しかし、これこそがパリなのである。この荒れ具合こそパリなのだ。散歩ついでに美しいセーヌ川を見たが、そのついでに通ったゴミだらけのパリ北駅こそパリの本当の姿なのだ。そんなところも含めて、やはり僕はパリが好きだ。

深夜にもかかわらず、ホテルの真横の道路で騒ぎまくる移民の皆さん。

これも大好きなパリの一場面だ。

…。

うるさい…。

安宿のため部屋にクーラーがなく、窓を閉めると暑くて眠れない。でも窓を開けると、移民がうるさくて眠れない。窓を開けたり閉めたりを繰り返した結果、

僕は、ほぼ完徹のまま朝を迎えた。そして、朝の移民街をフラフラと歩きながら、シャルルドゴール空港行きの鉄道駅へと向かったのだった。