ヨーロッパ紀行 第20夜 フランクフルト 

僕の旅は基本的に一人である。

一人旅のほうが気楽だから!なんて昔は言っていたが、はっきり言う。それは強がりだ。僕は友達が少ない。故にいつも一人旅だったのだ。(後輩を連れた1度目のヨーロッパの旅は例外中の例外)

しかし、まさか2人でヨーロッパを旅する時がこようとは…。まさか、新婚旅行を決行する日が僕に訪れようとは…。

うっちーと遭遇した前回の旅から5年後、僕はフランクフルト空港へ降り立った。(5年ぶり3回目。)

しかし、フランクフルトはあくまで乗り換え場所に過ぎない。目的地はイタリアである。奥さまのたっての希望で、ついにイタリアへ上陸するのである。

新婚旅行ということもあり、そして海外に不慣れな奥さまのことを考慮し、いままでの行き当たりばったりの旅は今回は封印し、しっかりとした旅行会社でツアーを予約した。「フィレンツェ・ローマ6泊8日の旅」と銘打たれたそのツアー。といっても、決められているのは飛行機とホテルだけ。途中の移動やご飯はすべて自分たちで行わなくてはいけない、かなり自由なツアーである。しかし、遠い成田空港ではなく、羽田空港発着ときているのはポイントが高い。しかも全日空である。さすが新婚旅行。お金をケチらなくてよかった。などと思っていたところ、旅行会社から衝撃的な電話が入った。ちょうど出発の10日前の話である。

『飛行機なんですが、フランクフルトで乗り換えとなりますので。フランクフルト着が現地時間の16時で、フィレンツェ行きの便は21時発となりますので!』

…なに?

まさかのフランクフルト5時間待ちに、僕は衝撃を受けた。前回の旅もヘルシンキで2時間ほど待ったが、なんだかんだ手続きをしていればあっという間である。しかし、5時間となると想像がつかない。しかも夜だ。

『5時間も時間があれば、街にもでられるかもね!』

旅行会社からの連絡を聞いて奥さまは喜んだ。

しかし、僕は思った。あなたはヨーロッパの本当の怖ろしさを知らない…。

 

そして旅の当日。

現地時間19時。フランクフルト空港の待合ベンチで奥さまは生ける屍と化していた。僕の予想通りである。

現地時間19時といえば、日本では深夜0時。基本的に我々は寝るのが小学生並みに早い(22時には確実に寝ている)ため、深夜0時に活動していること自体奇跡に近いのだ。しかも、飛行機の出発時間まではまだ2時間もある。フィレンツェ着は現地時間23時。おそらくホテルへのチェックインは0時近くになるであろう。日本では朝の7時である。

奥さまの要望どおり、僕はフランクフルト空港到着後、入国審査を済ませるとすぐに地下鉄でフランクフルトの中心広場へと向かい、ヨーロッパの美しさを奥さまに見せつけてやった。限界ギリギリの中、奥さまは必死に写真を撮っていた。

しかし、ここまでが彼女の限界だった。

12時間の飛行機、その後異国の交通機関を乗り継ぎよくわからない街の中心へ連れていかれた彼女は疲労困憊。空港に再び戻ってくる頃には彼女の意識は停止しており、なにを話しかけても「う~う~」とうめき声しか返ってこなかった。

僕はといえば、5年ぶりのヨーロッパで妙にテンションがあがってしまい、生ける屍である奥さまを異国のベンチに残したまま、空港内を散策。ドイツといえばシーセージということで、空港内の屋台で売っていたホットドッグをパクつきながらフィレンツェ行きの飛行機の時間を待った。

途中、何度も搭乗口が変更となる「ヨーロッパの空港あるある」にもめげず、奥さまをどうにか引っ張りながら空港内を移動し、ついに出発時刻の21時を迎えた。

完全に意識が停止し屍と化した奥さまを背負い、フィレンツェ行の飛行機へと乗り込む。フランクフルトの夜景が見られるかも、などとワクワクしていた僕もさすがにこの時間はしんどい。離陸とともに、僕の意識も遠のいていった。

それから2時間後。

23時過ぎにようやく目的地であるフィレンツェの空港へ到着した。

完全に意識の飛んだ2体の屍は、ふらふらとした足取りで荷物を受けとり、お迎えに来てくれたガイドさんの車に収容されホテルへと運ばれた。なんと今回は空港からホテルまでの送迎付きなのである。高い金を出しただけのことはある。ケチらなくて本当によかった。もしこの送迎がなかったら、いつものように空港から自力でホテルへ向かっていたら…。我々は異国の地で確実に行き倒れていたことだろう。考えるだけで怖ろしい…。

空港からは20分ほどでホテルへ到着した。

ホテルはフィレンツェの街中にあるはずなのだが、街はどこも薄暗く、フィレンツェにやってきたという実感はゼロに近かった。ホテルについてからも、チェックインの手続きはガイドさんがやってくれ、実に至れり尽くせりな状態だったのだが、何をそんなにとまどっているのか、というくらいロビーのベンチでまたされ、ようやく部屋に通されたころには完全に日付が変わっていた。

羽田空港出発から実に20時間以上。いや、今朝は飛行機に間に合わせるため午前7時には起きていたはずだ。驚くべきことにフィレンツェ到着までに24時間もかかっている。ヨーロッパってこんなに遠かったっけ?

すでにベッドの上で意識を失っている奥さまの横で、そんなことを考えながら、僕もいつのまにか意識を失っていた。