ヨーロッパ紀行 第2夜 ルルド

ルルドといえば泉である。らしい。

フランスの南、ピレネー山脈ふもとの町ルルド

ここはキリスト教徒にとっては絶対訪れたい注目のスポット(聖地)らしい。

言われてみれば、ルルドの泉って聞いたことがある。

少なくともキリスト教徒ではない我々は、この街にきてみて初めてそのことを知った。

 

パリとのファーストコンタクトを終えたその晩、僕たちは明日からの旅の行程を『地球の歩き方』片手に練っていた。驚くべきことに、ぼくたちは旅の計画をほとんど立てていなかった。現時点で分かっているのは、8月26日マドリード発の夜行列車にのることだけである。つまり、5日後にはマドリードにいなくてはらない。

しかし、世界史にさほど興味のない僕たちにとって、パリの魅力的な街々の紹介文を読んでもいまいち惹かれない。そもそもパリも、なんとなくエッフェル塔があるから、凱旋門がかっこいいいから、などという軽い理由で行こうと決めたわけであり、初めからヨーロッパの歴史的名所には一切興味がなかった。旅の初日にして判明した衝撃的な事実。だったらヨーロッパ来るなよ。

そんな僕たちがめずらしく2人とも興味を持ったのがルルドであった。『地球の歩き方 フランス』曰く、復活祭のあたりまで毎日ろうそく行列なるものが開催されていて、そのエネルギーはものすごいぞ、ということである。

果たして復活祭がいつなのか、ヨーロッパを旅する者にとって最低限の知識すら持ち合わせていない我々だったが、夏だしきっとやってるよ、という根拠のない自信をもとにルルド行きが決定した。

 

フランスの新幹線ともいうべきTGVでパリから5時間半。ルルドの街はパリとは比べ物にならないほど小さな田舎町だった。しかし、さすがは聖地。街の中心は多くの人で賑わっていた。中心部までの道すがら、お土産もの屋さんをのぞくと、どのお店でもろうそくが売られていた。おっ、これはろうそく行列やってますな…。

ろうそく行列が始まるのは夜だと思われるので、とりあえずそれまでは街の端にそびえる城(石造りの砦みたいな)や聖地の中心にそびえる教会を見学し、適当な客引きにつれられるまま入った観光客向けのレストランでご飯を食べ、時間をつぶした。

 

ゴロゴロゴロ…。

 

どうも先ほどからお腹から不吉な音が聞こえてくる…。

思い当たる節はある。先ほど飲んだルルドの泉だ。

ちなみにルルドの泉とは、昔になんだかんだキリストの奇跡があって、ようするに飲めば奇跡的に体調が回復するすばらしい水のことらしい。

聖地の中心に立つ教会、その裏手にルルドの泉はある。あるというか、水道管からガンガンにルルドの泉が出てくる。

正直、風情もありがたみもまったく感じられない、ただの水道水にしか見えない。でも飲めば悪いところが治っていく奇跡の水とのことで、水道管の周りは奇跡を望む人であふれかえっていた。

そこまで言うのならと、僕もお腹の調子が良くなるようにとの願いを込めてありがたい水をたらふくいただいた。

それ以降、お腹から音が聞こえる・

ゴロゴロゴロ…。

いやいやきっとこれからよくなっていくのだ、たとえ水道から出ていたとしても、あれは奇跡の水だもん。そう自分に暗示をかけ夜になるのを待った。

 

ようやく薄暗くなってきた午後8時。

ルルドの街は、山間部の小さな村には不釣り合いなほど大勢の人たちであふれかえっていた。

そしてみんな手にはろうそくを持っていた。

僕たちも声を掛けられたお土産物屋さんで購入したろうそくを片手に人ごみの中へ。

しばらくすると、教会の方向から何やら町内放送のようなものが流れ始めた。相変わらず日本語しか解さない我々は、意味も分からぬまま、とりあえずみんなの移動する方へとついていく。

教会の前では、すでに大勢の人が行列をなしていた。しばらくして、讃美歌のような音楽が流れ始めると、その行列は一歩一歩前へ進みだした。なかには車いすやベッドに乗せられたまま行列に参加している人もいる。奇跡を信じて、強い思いでルルドまでやってきたのだろうか。みんなろうそく片手に神妙な顔つきで進んでいく。

時折、教会の放送から掛け声のような声が聞こえると、それに呼応し人々も歓声をあげる。山間にこだまする人々の歓声。それがまた、なんとも神秘的。『地球の歩き方』のとおり、そのエネルギーはものすごかった。

しばらく歩いたのち、僕はあやふみ氏を置いて、行列から離れ、教会の上へあがってみた。この神秘的な光景を離れた場所から眺めてみたかったのだ。

少し高いところから見下ろすろうそく行列は、恐ろしいほどに神秘的であった。

暗闇の中、ろうそくを持った人々の行列は一本の線になり、川の流れのように広場を動いていく。時間が経つにつれ人々の歓声はさらに大きくなり、よりいっそうパワーを感じる。夏だというのに、それほど涼しくもないのに、僕は鳥肌が立っていた。

これがキリスト教の本気…。

教会の上で、僕はヨーロッパの本気に心から感動していた。

しかし、そんななかでもぼくは感じていた。

ゴロゴロゴロ…。

確実にお腹の調子は悪くなっている…。