続 北國紀行 その1 美瑛での話
美瑛と言うのは、とても美しい街である。
どれくらい美しいかと言うと、「日本の美しいむら百選」に選ばれるほどである。
街中に畑が広がり、北海道らしい、とても雄大な景色を満喫することができる。
美馬牛のユースホステルに宿泊した翌日、僕もレンタサイクルで雄大な風景の中を散策した。
美瑛の観光名所と言えば、「ケンとメリーの木」とか「セブンスターの木」とか、木ばかりである。
どの木もとても絵になる風景で、現代であれば間違いなくインスタ映えスポットになり、女の子たちがきゃぴきゃぴと戯れる、とても楽し気なスポットになっていたことであろう。
しかし、インスタなんてものがなかった当時は、きゃぴきゃぴした女の子は全く見当たらず、目につくのはおじいちゃんおばあちゃんや、僕のような腐れ大学生ばかりであった。なんとも楽しくないスポットである。ただ、景色は素晴らしかった。
たくさんある木の中で、僕が一番気に入ったのは「クリスマスツリーの木」である。
「るるぶ」にも載っていない穴場スポットで、ユースホステルから歩いて20分ほどのところにあった。
パンクさせてしまったレンタサイクルをお店に戻すついでに、畑の中をてくてく歩いていく。
さすが穴場スポットだけあり、看板もろくにない。
しかもあたりは畑だらけの同じような風景なので予想どおり迷ってしまったが、日が暮れる前になんとか到着できた。
「クリスマスツリーの木」という名に恥じないくらい、もう本当にクリスマスツリーそのもので、僕はうれしくなって、セルフタイマーを駆使し、一人で何枚も何枚も写真を撮ったのである。
さて、ユースホステルに戻ると、同部屋に台湾人青年がいた。
日本語はわりとぺらぺらで、僕らはすぐに仲良くなった。
彼はとてもおしゃべりが好きで、台湾のことをいろいろと教えてくれた。
「台湾の写真、いっぱいありますよ。いっしょにみましょうよ」
「いいですねえ。ぜひぜひ」
と、彼と二人談話室に入り、写真を見せてもらうこと5時間。
深夜3時になっても彼の話は終わらなかった。
そればかりか、さらに勢いを増す彼のマシンガントーク。
親切を無下にできない心優しき僕は、結局最後まで彼に付き合い、朝の5時になってようやくベッドに入ることができたのである。
「わたし、鉄道員すきですよ」
翌朝、目覚めると彼が開口一番そういった。
美瑛から列車で1時間ほどの場所に幾寅という駅があるのだが、そこは浅田次郎原作「鉄道員」という映画の舞台となった場所である。
昨晩、彼との話の中で、「明日、鉄道員の舞台となった駅へいくよ」と話したことを思い出した。そして後悔した。
「わたしもいっしょにいきますよ」
おしゃべり好きの彼との魅惑の小旅行の幕開けである。
幾寅駅の周辺には、撮影の際に使用したロケセットがそのまま残されており、セットの中には高倉健のサインや、問題を起こす前のとてもかわいかったころの広末涼子の等身大パネルが置いてあった。思ったよりも楽しい場所だ。
饒舌系台湾人の彼は、映画のことを本当に知っているようで、同行した台湾人女子二人と一緒に、僕のわからない言葉でとても盛り上がっていた。
なぜ女子がいるのか?
当初は、饒舌系男子と僕の2人で出かける予定だったのだが、饒舌系男子が得意のマシンガントークで同宿の台湾人女子を誘い、ついに落としたのである。
おかげで4人での小旅行となった。
饒舌系台湾人はたいして格好良くはないのだが、実はなかなかやる男なのである。
さて、見学をおえると、饒舌系男子が突然、
「となりのえきまであるきましょうよ」
と、まったく魅力のない提案をしてきた。
電車が来るまで1時間近くあり、だまって待っているくらいなら少し散策しよう、という意図なのだろうか。まったく楽しそうではない。
僕はあまり乗り気ではないのだが、女子たちと歩けるならばそれはよいかも♪と思い、気分を入れ替えさっそうと歩きだした。
しかし、台湾系女子が全くついてきていないことに、歩き始めて10分ほどたったころ気が付いた。
「あれ?台湾系女子は?」
「ふたりはれっしゃにのるといっていましたよ」
先に言えよ…。
結局、隣の駅まで2時間近く饒舌系男子と一緒に散歩を楽しみ、よくわからない聞いたこともない駅で記念撮影し、宿へ戻ってきたのである。もしかしたら、彼は僕と二人で歩きたかったのかもしれない。これは恋なのかしら。
「たいわんのおもいでのしゃしんみましょうよ」
夕食後、饒舌系台湾人がまた言い出した。
「それは素敵ですね!ぜひ見せてください」
今宵の犠牲者は、看護師さんを目指しているちょっとかわいい女の子だ。
今日こそは彼の誘いを振り切って早くねるんだ、と決意していた僕だったが、看護系女子とお近づきになれるのなら、といういやらしい動機で、2日連続で饒舌系台湾人の宴へ参加したのである。
そして、案の定、深夜3時過ぎになっても終わる気配のないこの宴に参加したことを心から後悔したのである。看護系女子との甘い夜に期待した僕は実におろかだったといえる。
ちなみに、看護系女子も、まさか宴がこんなにも長く続くとは思っていなかったようで、僕と同じように、最後には死んだ魚のような目で宴を楽しんでいたのである。